Sasu Ripattiには多少矛盾した部分がある。10年以上エレクトロニックミュージックをプロデュースしていながら（様々な名義を使い分けながらこれまで22枚以上のアルバムを発表している）、エレクトロニックミュージックには興味がなく、また特に影響を受けた訳でもないとしている。彼は当然DJではないが、ライブ時はカルチャー施設よりもクラブを好む。そして自分がダンスする際はドラムンベースと2ステップを好んでいる。彼がエレクトロニックミュージックに対して感じている退屈さは多分「やりきってしまった」という1点に尽きるのではないだろうか。彼はLuomo名義でありとあらゆるハウスに挑み、Sisol、Uusitalo、Vladislav Delay名義ではミニマル、ダブ、アンビエント、グリッチ、アブストラクト、そして最近Raster-Notonから発表したエクスペリメンタルなノイズに至るありとあらゆるテクノを探求してきた人物なのだ。

しかし、以上はプロデューサーとしての一面に過ぎない。クラッシックのバックボーンを持つパーカッショニストでもある彼は、Moritz Von Oswald Trioのメンバーとして活動する傍ら、Vladislav Delay Quartetも率いており、更には妻である詩人／歌手／エレクトロニックミュージックプロデューサーAntye Greie-RipattiとのAGF/Delayやグラスゴー出身の作曲家Craig Armstrongと組んだThe Dollsとしての活動ではアヴァンギャルドなポップミュージックにも挑んでいる。このように現時点でありとあらゆる方向で素晴らしい活動を披露したように見える彼に対し、次はどうするのかという興味が湧きあがってくる。

まずは最近Raster-Notonからリリースしたアルバムから話を始めたいと思います。この作品はあなたの新しい方向性を示しているように思えるのですが、そう捉えてよろしいでしょうか？

長期に渡って携わってきたアンビエントで静的な作品群から離れたかった。リズムを使った、よりアグレッシブな作品を作りたいと思ったのさ。でも僕はダンスミュージックには全く興味がない。4/4のフロア向けのトラックを始め、他のクラブミュージックやダンスミュージックからは何のインスピレーションも得られないから、Luomo名義の活動も止めた。でもテクノやエレクトロニッククラブミュージックが持つ特定の部分は好きだから、その部分を使って自分を表現しようとしている。

クラブミュージックやダンスミュージックに対する嫌悪とは裏腹に、クラブでのライブを優先していますよね？

別にクラブだけでライブをしている訳じゃない。他の会場でもライブをする。Berghainのようなクラブでのライブの方が好きだというだけの話さ。生真面目なムードがあるカルチャー施設よりも自分の音楽がフィットする感じがある。クラブのムードの方が好きだと感じる時が多いね。

新作のパフォーマンスはどのような内容になるのでしょう？

特に考えていない。あらかじめ決めるのは好きじゃない。僕は昔ドラマーとして音楽を学んだから、今はリハーサルをするのが嫌だね。勿論準備は出来ているけれど、準備し過ぎてしまうのが嫌なのさ。例えば僕のラップトップ上では常に最低8トラックが立ち上がっているけれど、その3割はファイル名が付けられていないから、何が鳴るか自分でもわからない。憶えてないし、気にもしない。フェーダーを立ち上げてから鳴っている音をどうにかしようとする。そこから組み立てていくんだ。それが酷い音だとしても、最終的に形になるように持って行く。

Raster-Notonからの最新アルバムは、過去のVladislav Delay名義のアルバムよりもコンセプチュアルだと思いますが、それはレーベルの方向性に合わせたということでしょうか？

いや、僕の変化に過ぎない。僕がやりたかったこと、僕がどう取り組んだかが表現されているだけだ。僕はコンセプチュアルな音楽は作らない。あれは凄く白々しいね。

『Vantaa』も『Kuopio』もフィンランドの街の名前ですが、その風景を描こうとしたような作品ではないということですね？

フィンランドの風景とは全く関係ない。リリースした2枚のアルバムと1枚のEPには全てフィンランドの街の名前が冠されているけれど、僕はどの街も訪れたことがない。興味がないし、何も知らないんだ。

では何故タイトルに用いたのですか？

わからないな。フィンランド的なものが好きなんだ。例えばフィンランド語は凄く好きだ。僕の妻がドイツ人だから英語でコミュニケーションを取っていることもあって、最近はフィンランド語よりも英語を話す機会が多い。だからフィンランド語の文字の美しさがいいなと思える。まぁ、「街の名前を使ってみよう」と思った部分もあるけれどね。僕は作り手だけど、作品に対してあまり考えていないのさ。

Raster-Notonでの作品を制作した際に今までと大きな違いはありましたか？

そうだな、新しいスタジオで作った。スタジオは4年前にフィンランドに引っ越した時に建てた。広大な土地を買って、何もない所に家とスタジオを建てたんだ。

自分で木を切り倒したという記事を読みましたが？

ああ。だから凄く時間がかかった。自分の音楽に関連性のあるような、自分の拠り所となれるような自分だけのスタジオを作ろうと思ったからね。

僕は常に成長して、上手くなろうとしている。あとは既にやったことは繰り返さないようにしている。だから機材を定期的にリサイクルしたり、同じ機材を違った方法で使ったりする。同じようなアプローチでトラックを作り始めることはないね。毎回違うアプローチでスタートして、自分が今までやったことがないものを見つけようとしているよ。

結果よりもプロセスが大事だということでしょうか？

それは違う。結果が全てだよ。そこに至るまでは何をやってもいいし、プロセスを明らかにしない時もある。僕はかなり突き詰めて作業するし、マニアックなのさ。

自分で音色を合成する時は多いですか？

録音したり、自分の機材をくみ上げたりして音を作る。僕は典型的な音源は使わない。オシレーターなどの代わりに、音が出るものを何でも使う。僕はパーカッションとドラムをプレイするから、カスタマイズした機材や自分で組んだ機材も沢山持っている。あとは自分の声や娘の声を使うね。最近だと雪を録音したよ。

パーカッションの話が出ましたが、Moritz Von Oswald Trioについて話をさせてもらえればと思います。Moritzとは長年友人関係にありますよね。

16年位になる。僕がレコーディングを始めた時に、Mark（Ernestus）とMoritzがフィンランドにいた僕を見つけてくれた。かなり最初の頃から自分の音楽を彼らに送っていたよ。彼らとはそれ以来ずっと一緒に仕事をしているよ。

トリオの演奏はどのように行っていくのでしょう？

基本的にはMoritzが引っ張っている。僕がこの活動で気に入っているのは、自分のパートを持ち込んでも、責任がないところだ。好きにやらせてもらえる。Moritzの頭の中には当然アイディアがあるけれど、どんどん僕は自由にプレイするようになってきている。

Vladislav Delay Quartetも似たようなコンセプトですか？　ここではあなたがリーダーですが？

Vladislav Delay QuartetとMoritz Von Oswald Trioはかなり違う。Quartetはもっとオープンで、完全に即興演奏だし、奇妙な音楽だ。そこがかなり気に入っている。僕はリーダーで、ドラムを担当しているけれど、残念ながらもう活動はしない。ライブで少しワイルドになり過ぎてしまったと感じている。上手く対応できないメンバーが出てしまった。少しやり過ぎたんだと思う。音楽的にはメンバー全員最高にハッピーだったけれど、人間的には上手くいかなかった。

メンバーを入れ替えたり、もっと構成を組んだ形の演奏に方向性を変えたりして活動を続けようとは思いませんか？

いや。僕はMoritz Von Oswald Trioでの活動が気に入っているし、それで十分だ。Quartetの続行も考えたけれど、基本的に時間が足りないし、優先順位が低い。僕はやりたいことが沢山あるし、今はバンドをやろうとは思わない。

今注力しているものは何ですか？

今は妻との作品だね。以前AGF/Delayというプロジェクト名で一緒に作品を作ったけれど、今は新しいプロジェクトを立ち上げて作業している。

あなたたち夫婦はこれまで数多くのコラボレーションをこなしてきましたが、2人の制作時の関係性について教えてください。

随分長い間一緒に仕事をしているな。12年だ。でも活動期間の長さの割に、作品は多くない。AGF/Delay名義で2、3枚。それにThe Dollsだけだ。でも制作以外で沢山のことを共有している。一緒に住んでいるし、彼女は僕のスタジオを使うし、お互い助け合うし、色々なことで話もする。だから常に仕事を共有しているようなものさ。

お互い凄く選り好みが激しい。だから一緒に制作するのは凄く難しい。お互い真面目だし、短気だし、しっかりとした意見を持っているから、僕たち2人を納得させるのは凄く…　大変だ。僕自身かなり難しい人間だと思うからね。音楽の面で僕は手を抜かない人間だけれど、僕たち2人が生み出した作品の内容は素晴らしいと思えるよ。あとはお互いのソロではやらないことをやることにしている。いつもとは違ったことをやるのさ。

今進行中のプロジェクトは、AGF/DelayやThe Dollsとはどう違うのでしょうか？

2人ともポップミュージックが大好きだから、AGF/DelayとThe Dollsでは自分たちのポップミュージックをやろうとした。でも今のプロジェクトでは彼女の声を全く使わないことにした。今回の作品はインストゥルメンタルで、今までやったことがない音楽というわけだ。僕たちは長年UKの2ステップが好きだから、なんというか奇妙な2ステップみたいな作風だね。

2ステップのどこが好きなのでしょうか？　どうやって出会ったのですか？　あなたが今まで作ってきた作品とは全く異なる世界に思えますが。

分からないな。僕は最先端を知らないし、新しいものに対してオープンでもないけれど、2ステップは凄く気に入った。ドラムンベースもしばらくの間好きだった。僕が踊れる唯一の音楽だったよ。僕はハウスとテクノでは全く踊れない。フロアで死んじゃうだろうね。でも2ステップとドラムンベースは踊るのに最適だ。あとは全体的な雰囲気が好きだな。僕はハッピーな音楽やポジティブな音楽はあまり好きじゃないけれど、2ステップはいいね。

Your では影響を受けた楽曲を紹介するミックスを披露していますが、これを聴くとあなたのそういう部分が少し分かりますね。Inner Cityの“Good Life”のような記念碑的な作品も何曲か入っていますが、基本的にダンスミュージックはポップやロック、ジャズの作品の中に埋もれてしまっています。

僕はポップミュージックから大きな影響を受けているし、普段聴いているのはヒップホップだ。エレクトロニックミュージックは別に好きじゃない。僕が影響を受けたエレクトロニックミュージックの作品は少ないし、影響を受けたMike InkやRichie Hawtinの『Concept』シリーズ、初期Chain Reactionなどももう手元にはない。

あなたは既にかなり幅広い範囲で音楽活動をこなしてきましたが、まだこの先探求できる方向性が残っていると思いますか？

今凄く充実した時を迎えていると感じている。この先の作品についてはかなりポジティブな気持ちを持っているよ。フィンランドへ引っ越したし、自分に合った環境やスタジオがあるし、妻とのコラボレーションもあるから、この先も面白いものが生み出せると思う。

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