年齢差が20歳以上の相手と共に、轟音で熱狂に至ることはレア・ケースだろう。Sherwood & Pinchは、世代の壁を乗り越えたコラボレーション・ユニット。ダブとダブステップ、重低音を主力にしたジャンルの先駆者同士が手を組んだのだ。60年代後半のジャマイカから発祥したダブは、レゲエのトラックに過剰なエコーやリヴァーブなどの空間処理系エフェクターをミキシングすることによって、壮大で異質なトラックへと変貌させるジャンルである。その魅力に取り憑かれた白人初のダブ・エンジニア／プロデューサーであるAdrian Sherwoodは、パンクにダブ処理を施すなど新境地を開拓。それだけでなく、歴史に名を残す無数のUKダブ・アーティストを排出した名門レーベルOn-Uのオーナーでもある。そのダブ一筋30年のベテランAdrianとの今回の共作相手は、ダブステップ黎明期からディープな重低音を操り「ズシッ」と心に響せるトラック・メイカーPinch。Pinchは00年代前半に発祥地ロンドンから彼の地元ブリストルの街へとダブステップを持ち込んだ伝道師だ。ダブステップは内臓を震わせるヘヴィなベース、タメの効いたハーフステップというリズム様式が特徴的なジャンルである。彼もまたレーベルTechtonicのボスで、ダブステップの枠組みを拡張させる革新的なトラックのリリースを続けている。

今回タッグを組むことになった２名のユニットSherwood & Pinchは、今のところライヴも音源も未発表。もちろん筆者も音源は未聴である。なにも明らかにされていないコラボレーション・ユニットを両面から探りを入れ、全貌を浮き上がらせてみたい。

意外な組み合わせに驚きましたが、どういった経緯でコラボレーションが実現したのですか。２人の出会いを教えてください。

Adrian: Pinchのことは、出会う前から知ってた。俺は世の中に出てるいろんなレコードを結構チェックしてるからね。2、3年前、Techtonicがレーベル・ナイトをロンドンで行った時、俺は彼にゲストDJとして招待されて初めて会ったんだ。そこでかなり気が合ったから、今度は俺がパリでやったOn-UのイベントにPinchを招待したんだよ。そこでもっと話をして、一緒に音楽を作ろうってことになったんだ。最初はただ、俺のスタジオで音楽を作ってみるっていう試験的なアイディアだったんだけど、その完成度がすごくよかったから、本格的にアルバムを作ろうって話が広がったんだ。

ではPinchに聞きますが、Adrianはあなたが生まれる前から音楽活動を続けていますよね。あなたが最初にAdrianの音楽を聴いた時のことを覚えていますか。気に入った点があれば教えてください。

Pinch: 俺の兄貴がOn-Uのファンで、俺が10歳の時にコンピレーションを聴かせてくれたんだ。最初に聴いたOn-Uの作品は『Pay It All Back』。めちゃくちゃ気に入って、そこからダブにハマっていったんだ。いまだに聴けるよ。Mark Stewart And The Maffiaや、African Head Charge、そしてTackheadなどに関わったAdrianは本当に素晴らしいプロデューサーだよ。それから2、3年後に兄貴がレコード・プレイヤーを処分したんだけど、その時彼が嬉しいことに全部のヴァイナルのクラシック・アルバムを俺にくれたんだ（笑）。気に入った点は、なんて言ったらいいのかな……。若い時は、あまりなにかを期待してレコードを聴くことがないよね？　だからあまり分析みたいなことをしたり、音楽シーンを意識しないで、ただ聴きたいと思った音楽を聴いてたんだ。あえていうなら聴き始めた時から、自分が聴き続ける／繋がっていく／楽しんでいく、そういった自分の音楽の方向を定めたっていうのはあるかもね。あと今思い返してみると、ダークなユーモアのセンスがある音楽だったっていうのが理由のひとつかも。当時は気づいてなかったけどね。今はもっと簡単に繋がりを感じることが出来る。音、メロディやリズムが自分と合ってるんだ。

Adrianは1958年生まれ、Pinchは1980年生まれですよね。２人は親子のような年齢差ですが、リズムやサウンドの感じ方など、何か世代の違いのようなものを感じたりはしましたか？

Adrian: ははは（笑）。そんなには感じないよ。年齢に関係なくヘヴィなベースやマイナー・コードのダブ・ミュージックが好きな人間は世界中にたくさんいる。２人ともビッグなサウンドが好きなんだ。俺にとっては若いアーティストと共演するのはすごく良いことだし、彼にとっても昔のことを理解してる人間と作業するっていうのは良いことだと思う。だから、このコラボレーションは俺にとってはすごく自然なことなんだ。

Adrianにお聞きします。Pinchもあなたと同じくアーティスト兼レーベル・オーナーですが、彼が過去のあなたを映し出していると思うことはありますか？

Adrian: 確かに、彼を見てると若かった頃の自分を思い出すよ。自身のレーベルを持っていて、自分の小さな会社を経営しつつ、プロダクションを世に送り出してる。だから本当に自分を見てる気分になるんだ。

では、Pinchにとってアーティスト兼レーベル・オーナーとして先輩にあたるAdrianの活動を出会う前から参考にしていた点はありますか。

Pinch: レーベル経営をしながらプロデューサーをやってる人は多いから、Adrianのアプローチだけに目を向けてるわけじゃない。でももちろん彼はお手本のひとりだよ。Tectonicが始まった頃は、ダブステップがあまり知られていない時期だったんだ。だから、自分が好きな音楽に誰も興味を持ってないのなら、自分が発信していこうと思ってレーベルを立ち上げた。お金は関係なく、その一部になろうとしただけなんだ。そこから自然に広がってこうなっていったって感じ。その流れが何においてもベストだよね。何か興味のあることを試してみて、そこからもっともっと広げていく。それが一番だと思う。

アルバムAdrian Sherwood『Survival and Resistance』（2012年）は、ダブステップから影響を強く感じます。ダブステップを初めて聴いた時は、どのような印象を受けましたか？

Adrian: 最初に聴いた時は、ただ驚いたよ。「最高！」と思ったね。すごくミニマリストだと思ったけど、あの音にはとにかく度肝を抜かれた。俺はいろんな音楽のファンだけど、ダブステップは素晴らしいと思う。ダブ・ミュージックやレゲエが持ってるヘヴィさを持った音楽だから、自分にとって強い繋がりを感じるんだ。

「ダブステップだけをやっているとは
思われたくないんだ」 - Pinch

Pinchはクラブ・シーンのさまざまなアーティストと共作されていますね。今回はそれとは違い、クラブ・ミュージックがメインではないアーティストとの共作になりますが、今回の共作はダンスを意図しましたか？

Pinch: この共作では、たくさんのサウンドのバラエティを繋ぎ合わせてるんだ。アルバムとして最初から最後まで、リスナーが楽しめる音楽を作るのが目的なんだ。だからダンスフロアのエナジーを捉えたかったんだ。Adrianは伝統的なダンス・ミュージックの周辺にいる人間としては知られてないけれど、彼のトラックの多くをDJがプレイするとダンス・チューンになる。ただのリスニング・ミュージックじゃないんだ。また今回、彼はダンス・ミュージックの方向へと既に足を踏み入れていて、リズミカルな部分が十分にあるから、みんながダンスできると思うし楽しい時間を過ごすことが出来ると思う。このコラボのアイディアは、静かで落ち着いたまったりしたショウじゃなくて、人を踊らせたくなるそうなものを作りたかったんだ。みんなが俺たちの音楽を面白いと感じてくれたら嬉しいね。

シングルAdrian Sherwood「‎Recovery Time」（2012年）に収録されている"In Full Effect"が、Pinchとの初めてのコラボレーション・トラックになりますね。Sherwood & Pinchの音楽性は、"In Full Effect"の延長線上になりますか。特に空間処理とベース・サウンドで強くダブの影響を感じられます。この共作では、ダブステップをダブと共に拡張していくのですか？どのようなコンセプト及び世界観になるのか聞かせてください。

Adrian: "In Full Effect"は、一緒に作ったトラックというよりはリミックスだな。でも彼と俺は、いま自分たちのレコードを作るという次の領域に進んでいるんだ。彼も俺もすごく特徴のあるサウンドを持ってるから、俺たちがやってるのは、お互いが持ってるものを進化させて、何か新鮮でオリジナリティのあるものを作るということ。それがすごくうまくできてると思うし、うまくいって嬉しいよ。だから、ライヴでは今やってることをテストしていくんだ。ショウはチャレンジなんだ。ショウで様子をみることで、もっと良いトラックに仕上がるはずだよ。みんなが気に入ってくれることを願うよ。気に入ってくれると確信はしてるけど。そして、これから世界中でたくさんイベントを計画してるんだ。

Pinch: 俺の存在はダブステップ・シーンを発祥として大勢に知られてるわけだけど、ダブステップだけをやっているとは思われたくないんだ。"In Full Effect"のテンポは120から130BPMの間で、ダブステップのテンポではない。だから作品がどれくらいダブステップと繋がっているのかは俺にはわからない。しかし、俺は過去に多くのテクニックやメソッドをダブステップを通じて学んできたっていうのも事実なんだ。だから俺が作るものには、常に“そのサウンド（過去のテクニックやメソッドから作られるサウンド）”が取り込まれてるっていうのはあるね。今一番興味があるのは“そのサウンド”の新しい置き場所（居場所）と、新しいリズムとテンポを見つけること。つまり、俺を興奮させるのは“そのサウンド”を表現する方法を見つけることなんだ。今自分がやってるのは、ダブステップに限らないもっとゆるい枠組みの音楽だと思う。でも誤解しないで欲しいのは、ダブステップがもちろん今でも俺の大部分だということ。そういうなかでもっとやりたいことが、未来的でサイケデリックなダブを作ることなんだ。ダブがルーツ・レゲエ・チューンである必要はない。俺はパーカッションが強いものとかサイケデリックなエッジを醸し出してるものが好きなんだ。そういうのが今自分が面白いと思ってる音楽だね。

2011年に行なわれたイべント「On-U Sound 30th Special」にて来日した際、Adrian Sherwood名義でダブ・ミックス中心のライヴをしたそうですね。今回２人の担当機材及び、どのような見せ方のライヴ形式になりますか？

Adrian: CDやレコード・プレーヤー、ノイズ・マシン、サウンド・エフェクト……とにかくたくさんの機材を使って、俺はダブ・ミックスをする。Pinchはマルチ・トラックでAbleton Liveを操作して、ループ・サンプルやトラック・パートを操作するんだ。２人ともそうやってトラックをダブ・アップしてるんだ。

Pinchはブリストル在住、Adrianはラムズゲート在住ですが、どこで作業しましたか。制作環境について聞かせてください。

Pinch: ブリストルから車で運転して3、4時間くらい離れたラムズゲートにあるAdrianのスタジオで作業してるんだ。遠いのは残念だけど、行くたびに3、4日滞在するから作業に集中できて楽しくもあるんだ。俺が自分の家で新しいトラックを作ったりアイディアを集めたり何日か準備して、Adrianは他のトラックを構築していく。俺が途中まで書いたトラックをいくつか持っていって、彼がそこから選んだトラックにアレンジしたりサウンドを加えたり、ミュージシャンを呼んでギターとかピアノの部分を演奏してもらったりして、自分たちが加えた方がいいと思うものを加えて構築していく。全ての予想が100％パーフェクトにうまくいくとは限らないから、いろいろなものを試すんだ。で、そのなかからベストなものを採用していくって感じかな。

James BlakeはBrian Enoと共作しましたが、これからジャンルや世代を超えて共作するアーティストが増えそうですね。世代の違うAdrian Sherwoodとの制作過程で、学んだ事、特に興味深いと思った点はありましたか？

Pinch: あるよ。俺たち２人の経験は全然違うものだけど、すごく相性がいいんだ。だからある意味、２人でサウンドを強化できるし進歩させることができてる。俺は新しいサウンドやプロダクション技術を持ち込んで、Adrianはアナログのデスク・ミックスについての確かな知識や理解をもたらしてる。デスク・ミックスは他の人間もコントロールできるんだけど、彼の手に掛かれば全然違う音に聴こえるんだ。Adrianほどのスキルを持った人はあまり見たことがない。彼は本物だよ。彼と作業した影響で、最近は俺も前までやらなかったアナログのデスクでミキシングをするようになったんだ。とにかく彼の周りにいることで、彼のアプローチをいろいろと学んでるよ。１日１レッスンってわけじゃなくて、ずっと彼の作業プロセスを観察してるんだ。作業中に熱中して盛り上がっている状態になったAdrianはめちゃくちゃカッコイイよ！それはダブ・ミックスをする上でのポイントのひとつだね。彼は今も絶好調だよ。自分自身がエンジョイできてないとダメなんだ。マジで。ショウも同じさ。

アルバムPinch & Schackleton『Pinch & Schackleton』（2011年）では、ライヴ活動は行わなず、アルバムのリリースのみでしたね。今回のAdrian Sherwood & Pinchはライヴが主体の活動になりますか？それとも今後リリースの予定はありますか？

Pinch: アルバムはもうほぼ出来上がっていて、シングルはもうすぐ出るよ。それがこのプロジェクトでの音楽作品。そして、このプロジェクトではライヴの経験もどんどん積んでいきたいんだ。人々に音をプレゼンする経験がしたいし、俺たちが既に作ってる音楽を基本にしたライヴをやりたい。Shackletonとのプロジェクトと、今回はまたアプローチが違うからね。今回は一緒に過ごす時間と音作りを楽しむって感じ。Shackletonはいつも自分のライヴで忙しいし。ただ、このふたつのプロジェクトは違うけれど、どちらも最高ってことには変わりないけどね。

最後に相手の作品で、一番好きな音源をひとつ教えてください。

Adrian: 今のところはV.A.『Scientist Launches Dubstep Into Outer Space』（2010年）かな。彼の音に対する理解が好きなんだ。それに独自のサウンドを持ってるからだよ。

Pinch: タフな質問だな……。彼はいろんなプロジェクトに関わってるし、たくさんのフレーバーを持ってるから……。ただ今の気分だと、Dub Syndicate『The Pounding System』（1982年）かな。でも他にもたくさんあるから、また意見が変わってるかも。正直、この質問は苦手なんだ（笑）。誰でもその時によってムードが違うからね。