テクノが世界中に広がり始めた80年代末から90年代初頭の時期、いち早くその動きに目を付けた人々が日本にも居た。その中でも、石野卓球はカリスマ的な存在だと言えるだろう。電気グルーヴとしてのJ-Popのフィールドでの活動と平行して、パーティーのオーガナイズやMix CD、コンピレーションを発表。また、TV、ラジオ番組を通じてアンダーグラウンドなテクノ、アシッドハウスを紹介してきた。彼の活動が80年代の日本での「テクノポップ」ブーム以降錆び付いていたテクノという音楽のイメージを更新し、ポップカルチャーとクラブカルチャーの間にある大きな隔たりに架け橋を作ってきた。それは本人が意図した時もせざる時も。

20年以上に渡るキャリアの中で、石野卓球は一般誌紙から専門誌まで様々な雑誌やサイトでの取材を受けている。それらから読み取れるのは、石野卓球は享楽的でジョークを好む一方、人一倍真摯な姿勢で音楽と接しているということだ。彼は時代の流れを読み取りながらも、ポリシーを捨てること無くテクノの楽しさを享受することに力を注いでいる。特に、1999年から卓球氏が主宰している屋内テクノフェスWIREには彼の主義がしっかりと具現化されており、国内最大の屋内テクノフェスティバルという肩書き以上に、テクノという限定された枠の中でも、実に幅広い楽しみ方があることを証明し続けているという点で唯一無二の存在であり続けている。記念すべき15周年となるWIRE13を直前に控え、相変わらず多忙な卓球氏に、DJとしての近年の活動について話を伺った。

DJより先に、電気グルーヴのメンバーとしてメジャーになった卓球さんですが、本格的にDJを始めたのはいつ頃でしょうか？

97年頃かな…もっと前だったかな？レコードはずっと買っていたんだけど、ただ、テクノのクラブが90年代初頭はまだ無かったから。DJ K.U.D.O.さんのパーティーがSpace Lab Yellowでやってたぐらいだったかな。だから93年…もう93年と98年の違いがわからないんだよね（笑）。最初のきっかけは田中フミヤに「やったらええやんそんなにレコード買ってるんやし」って言われて。で、フミヤが当時大阪のRocketsでパーティーやってて、そこに呼ばれてDJやるようになったのが最初かな。あとは都内で友達がやってる時とか、とにかくその頃は本数をこなしたくて片っ端からやってたね。でもそこまで多くなかったし、生活のメインの柱ではなかった。

現在は都内の大箱からフェスなどの音楽イベントまで様々な場所でDJを行うようになりましたが、明確にDJとして生活するようになったと感じたターニングポイントはありましたか？

はっきり変わった瞬間は覚えていないけど、ドイツにDJで呼ばれるようになった時かな。

それは98年頃にLove ParadeでDJを行ってからでしょうか？

それもあるし、それ以前にも呼ばれていて、リリースがあるとプロモーションでDJがついてくるからさ。そのあたりからかな。あと、最初は趣味みたいな感じでやっていたんだけど、いろんな大舞台というか、それこそフェスみたいな、遊びという範疇では言えないような大きな仕事が増えてきて、そこから自覚が芽生えてきた。

DJとして生活するようになって日常の生活に変化はありましたか？

月ではなく週で考えるようになったね。あと生活リズムはクラブ行く時はもちろん夜から朝なんだけど、逆にそうじゃない日は規則正しくなった。朝６時に起きて夜10時に寝たり。だから月曜は無理矢理早起きする。

買っているレコードで、特にこのレーベルやアーティストは好きというのはありますか？今年のWIREにはSomaや100%PURE、Ovumといったレーベルのアーティストが出演しますが。

全部昔っからあるな（笑）。そういう名の知れた人々もいいけどというよりは、ホワイトレーベルにスタンプだけのものとかに面白いのが多いよね。渋谷のレコード屋で8枚までって決めて毎週買ってるんだけど、それ以外にイタロとかディスコを月50枚ぐらい買ってるから。酔っぱらってネットで買っちゃうんだよね（笑）。これも欲しいつって。

そんなに買って重複したりしないんですか？

ダブりもある。でもレコードは消耗品だと思ってるから、ダブりは全然かまわない。傷ついてももう一枚あると安心感あるからね。

卓球さんのDJを聴くと、昔から変わらないのはシカゴハウスとその影響を受けたトラック、あとディスコネタのものは使い続けていますね。

最近シカゴハウスはまた使うようになっていて、まんま昔のも使えたりするし、今だとディープハウスと言われるものでもそういうテイストのものはあって、最近の新譜はそういう傾向になってきているからさ。まあハウスとかテクノとかあまり考えてなくて、むしろ今言われているような所謂テクノ…ちょっとハードめなものは逆に最近あまりかけないかな。

今はどちらかというとテクノとハウスの中間の質感が好みということでしょうか。

うん…あと単純に疲れるんだよね、ハードすぎると。

またリミックスなども積極的に行っていますが、意識していることは？

基本的に全く縁がないところも含め来るもの拒まずでやっていて、2、3日で仕上げる。長くやると曲に愛着がわきすぎたり、アイデアを詰め込みすぎちゃって自分の曲で使う分がなくなったり…昔は原曲をズタズタにするようなリミックスもやっちゃって、今思うと悪いと思ってて、最近は歌ものの依頼が多いから歌は残すようにしているね。

そのような提供した楽曲やリミックスをきっかけにクラブに来るJ-Popリスナーっているでしょうか？

来ない来ない（笑）！それを意識してやってもいないし。

WIREはそういった「クラブに普段来ない人もテクノを楽しめる場」となっている実感があるのですが。

だってクラブに来る層だけ集めてもあれだけの人数集まらないよ！下手したらWIREしか来ない人たちも居ると思うし。でもそれは悪いことではないし、もっと掘り下げた所に行きたい人が居ればクラブとかもいっぱいあるし。

そういう可能性を提示する場でもあると…

そんな偉そうなものではないよ！こっちはこっちでやりたいこととやれることをやっているだけであって、そこからどういう風に変わっていくかっていうのはこっちがコントロールできない所だから。そう言わせたがるんだよね「クラブに行かない層にテクノを提示していらっしゃいますよね」とか…そんな気は更々無いっていうか、副産物だからさ！

あくまで自分たちはやりたいことをやっている、と言うスタンスはWIREを始めた当初からでしょうか？

その気持ちが義務感よりも勝ってるからやってるというかさ、義務感のほうが勝ってたら多分やらないと思うんだよね。楽しくないじゃん、義務でやってると。あと始めた頃はやらなきゃいけないことって一杯あったんだけど、今年で15年…15回もやってるとさ、周りのスタッフの人たちもさ、各役割分担があって、いちいちこっちが口出ししなくても…口出しするよりもよっぽど良いモノができるようになってきたりするからさ。こっちとしては年々やりやすくなってる。

では、卓球さんは現在WIREでどれだけの業務に携わっているのでしょうか？

ラインナップ決めるのと、あとヴィジュアルの方向を打ち合わせするのと、あとはプロモーションだよね。

ラインナップには卓球さんの意志が100%反映されていると。

あとはまあ、売り込みとかもあるから。エージェンシーから。それとWIREの方向性は一回目から意識していて、テクノって括りは絶対守ろうって。過去の15年間トランスやエレクトロや…2ステップとかが現れては消え、まあ、トランスは消えてないけどさ。今これが流行ってるって理由でそっちに行くってのはやってこなかったんで。そこがカラーがはっきりした部分でもあるし、動員が減った理由でもある（笑）。

WIREを始めた99年からすると、テクノが盛り上がったり、下火になった時代もあったということでしょうか？

それもあるし、あとはWIREと同じぐらいの規模のフェスが増えて、皆使えるお金には限界があるからさ。フェスに行く全体の人数が減ったとは思わないけど、むしろイベントが増えた分、全部合わせたのべの人数は90年代後半よりはずっと増えてるんじゃないかな。逆にそういうイベントが出てこないとやばいと思う。まあよく続いてると思うよ。確かにニッチとも言えるし…逆にそのぶれなさが続いた理由でもあると思う。

「いろんなお客さん相手にしたいってのはある。それをするにはこっちが動かないと。」

過去に自らのレーベルを主宰していたりもしましたが、現在新たなアーティストをサポートすることに興味はありますか？

全くない！余計なお世話っていうかさ、やる奴は自分で出てくるし。なんとかしてくれって言われてもそう言ってる時点でダメだし、そんな暇がないのが正直なところかな。あとはそこそこキャリアを重ねている人だと自分のカラーが出てくるから、それだと一緒に絡んで何かやることもできる。

今年のラインナップで注目なのはやはりGiorgio Moroderが出演というところでしょうか。

こないだ（2013/5/27～5/28）来てたじゃん。それが初来日らしくて、観に行ったんだけど、ライブをやった箱の性質上、みんな踊らないというかさ…それを見てなんかもったいないなって。WIREとかでやったほうがダンスミュージックを演奏してるわけだし、もっとダイレクトに反応が来て楽しんでもらえるんじゃないかなと思ったのさ。で、ダメもとで頼んでみたんだ。73歳初来日でその年にもっかい来るか？って。けど言ってみたらOKが出てこっちもびっくりした（笑）。あと15周年だからベテランが結構多いんだけど、Mijk Van Dijkなんか99年以来久々で、あとSven Vathも00年以来か。だから結構平均年齢高いんだよね。過去で一番高いんじゃない？Giorgioが上げてるから（笑）。

過去にはMix CDを数多く発表していますが、現在Soundcloudなどもある中でメジャーレーベルから出すことに必要性を感じますか？

Mixは売りもんじゃないと思ってる。ある時期を境にやめて、それは配信がメジャーになってきた頃と合致するんだけどさ、例えば海外でOstgutとかfabricとかカラーがはっきりした、作品性が高いものならいいんだけど、そうじゃないものは…前はばんばんネットにあげてたんだけど、会社から怒られちゃってさ（笑）！メジャーレーベルと契約している分いいこともあるけど縛りもある。テクノ自体が売れないからさ、アナログだと300枚で大ヒット、1000枚で特大ヒットって感じだよね。

アナログの話題が出ましたが、卓球さんの12インチでのリリースはMuller Recordsからの『Cruise』が最後ですね。

アルバムが出てないからさ、それが出れば12インチも切ろうと思う。

そのアルバムの制作は現在行われているのですか？

作ってる…ような感じ（笑）。シングルをどんどん出してまとまったところでアルバムってが出来たらいいんだけど、300枚売れたら大ヒットってのをソニーではやれないからさ！でも最後にアルバムを出したのが2010年だから、3年も空いちゃってるし今年か来年には出したいなと。

『Cruise』発売当時、どこかのインタビューですぐに次に取りかかりたいといった記述があったのですが…

そう思ってたんだけどすぐ電気グルーヴのほうに行っちゃったからさ！ソロの新作はすぐに出したいと思うけど、何というか、バイトさぼったときと同じで休めば休むほど出れなくなるじゃん！…そうそう、自分のソロアルバムに関しては、あんまりじっくり根を詰めて作ると言うよりかは、勢いで出したいってのがあって、そのタイミングをずっと計ってる。

気持ちが乗ってくるタイミングを待っていると。

すげえ言い訳っぽく聞こえるけどさ（笑）！

卓球さんは地方でのDJも盛んに行っていますね。水戸、松山、鳥取、熊本、岡山…

初めて行く地方の仕事はなるべく断らないようにしててさ。今あげた地方は何度か行ったところなんだけど、岡山に至っては3ヶ月ごとにレギュラーでやってるし。ひとくくりには言えないんだけど、各地方の特性があってさ、パーティーの善し悪しは全く人口に比例しない。大都市だから良いってのは実はあまり感じないのね。例えば東京だと毎週いろんなパーティーがあって、ある種飽和状態なところがある。地方だとパーティー自体が多くないから、一個一個が濃いというかさ。あと人口も多くないからさ、いろんなジャンルに行ったりするのよ地方の人たちって。だからさ、こっちが読めない反応があって、こうくるだろうなって予測とは全然別のところでもっと盛り上がったりして、それが面白いんだよね！その違う反応に対してどうするかがDJの醍醐味でもあるし。あと、ふざけ始めた時のふざけかたがとことんいくというかさ（笑）。東京だとあんまりやりすぎると引いちゃうってのがあって、凄く都会的なところでもあるんだけど。地方だとどこまでいけんのかなってぐらいでさ。

それはオーディエンスの側でしょうか？それとも卓球さんが？

両方だね、それは相乗効果だからさ。岡山だと特に感じるかな…県民性というかさ。二つとして同じ町は無い。似た町はあるけど全部違うんだよね。

それが地方の仕事を断らない理由だと。

知らないのに感想を言えないじゃん。ある程度いろんなとこ回ったけどそれでもまだ行ったことないところあるからさ。DJやってたら皆そうだと思うんだけど、いろんなお客さん相手にしたいってのはある。それをするにはこっちが動かないと。

他に、アジア諸国…中国、韓国や台湾、タイ、マレーシア、シンガポールなど様々な場所でDJを行っていますね。あまりなじみが無いシーンだとは思うのですが。

日本の地方の違いよりもまた遥かに違うね。個人的に好きなのは台湾とタイかな。箱によって勿論違いはあるけど、パーティー感が強いというかさ、良い意味でチャラい。日本の良い部分でもあるとは思うけど日本で見られるオタク感はまったくない！逆にそれが清々しいぐらいで、まあそればっかりだと嫌になると思うけどたまに行くと面白いよね。オタク的な選曲だと通用しないからこっちも切り替えるし。

そういったパーティーシーンでもテクノは反応あるものなのでしょうか？

テクノ自体がマニアックなものだから、あまりストイックな方向には行かないようにするかな。

ちなみにヨーロッパでのDJは最近行っていないですよね？

2年前かな、Nature Oneってドイツでやってるデカイ野外レイヴで。でもその日も１日3本ぐらいDJがあってさ、ドイツでやって車でオランダ行ってまたドイツ戻って…けど90年代後半から00年のあいだは死ぬほど行ってたからさ、そんときにかなり鍛えられた。週末4本とか当たり前だったから。

最近また行ってみたいという思いはありますか？

昔は秋になるとレコーディングも兼ねて何ヶ月も向こうにいたから何本もDJやれたけど、週末2本やるためにヨーロッパ行くとそれだけで一週間かかるじゃん、それが勿体なく思えて。あとマネージメントがなくなったというのもあるし、それが同じぐらいの時期だったからね。まあ行きたくないわけではなくて、やるならまとめてやりたいということで。またマネージメントも新しく決まるから多分行くと思うし。最近全然知らないからね、向こうのシーン。

ちなみに先日ベルリンに遊びに行かれたそうですが、久々に行った印象は？

すっごく変わってた。ただ…何というかパリとか、他のヨーロッパの大きな街と変わらなくなってた。もちろん雰囲気の違いはあるけど。観光都市っぽくなったし、あと景気が良くなってる。昔はもっと貧乏人ばっかりだったのにさ（笑）。ここ銀座ですか？ってところとか、目印にしてた建物がなくなってたり。行った時は季節柄か観光客も多くてさ、昔はアジア人ってだけで二度見されたのにさ！90年代の最初の頃だったんだけど壁がなくなって間もない東ドイツの連中なんか、日本の田舎で初めて黒人を見るみたいな（笑）。けど本当、凄く便利な街になったなって思ったよ。