Kyle Hallの19歳の誕生日から1日後の2010年7月18日、Golden Pudelで働くThomas Beckerはハンブルグ空港に停めた車の中で不安そうにしていた。Kyle Hallはこの日Golden Pudelでプレイする予定だったが、到着がかなり遅れており、もはや来ない雰囲気さえ漂い始めていた。その数時間後、Beckerがクラブにその旨を伝えると、クラブは「分かった、帰ってきていいよ」と彼に伝えた。

その頃Golden Pudelは客で溢れかえっていた。木造のこの小さなクラブは200人程の規模だが、その夜はその3倍ほどの客が訪れており、庭部分や外側の階段部分にまで人が溢れていた。彼らはしばらくの間Kyle Hallが現れるのを待っていたが、Golden Pudelのブッキング担当でカリスマ的存在であるRalf Kösterがマイクを持つと、彼らは残念な知らせを聞くことになった。

しかし、その後でKyle HallのエージェントからBeckerの元に、「今どこですか？Kyleは空港に着いています」という連絡が入った。Beckerはすぐさま車で空港に戻り、その途中でGolden Pudelにその旨を伝えたが、その頃すでにGolden Pudelの音楽は止まっており、Kösterが丁度マイクで「皆さん、Kyle Hallは今晩来られなくなりました。ドアで払い戻しができるようになっています」と言ったところだったが、すぐさま誰かが「Ralf！Kyleは来るよ！」と彼に言うと、Kösterは訂正して、「よし！じゃあこのまま行こう」と客に伝えた。

Golden Pudel Hamburg

KösterとBeckerがこの話を私にしてくれた時、私はクラブのスタッフの多くと共にクラブのフロアに折り畳みの椅子を持ち寄って座っていた。「アシッド漬けのサンタクロース」という表現がぴったりなKösterは椅子に座って揺れており、たまに彼が爆笑すると、全員がそれにつられて笑う。彼の隣に座っているのは彼の長年の友人であり、一緒にDJもしているTom Lorenzで、マリファナを吸う数学教師というような出で立ちだ。また、Nika Sonという名前でGolden PudelでNext Timeというパーティーを主催しているNika Breithaupt、そしてGolden PudelのレーベルPudel ProdukteからF#X名義で作品を発表したばかりの新メンバーKris Jakobも同席している。

笑顔と話題が絶えず、全員がおいしいところを持って行こうとする陽気な彼らへのインタビューはまるでファミリーディナーのような雰囲気だ。全員が1年以下から10年以上までと、その期間こそ違えど、全員がGolden Pudelに関わってきた人たちで、それぞれがこのクラブの経営に何かしらの形で携わっている。このクラブでパーティーを主催しDJをする人がバーカウンターでドリンクを出し、ドア担当が翌日の掃除を手伝う。全員がこのクラブを愛しているのだ。「たまにここは世界最高のクラブだって思う時があるんだよ」Lorenzは言う。

Golden Pudelが何故特別なクラブなのかはすぐに理解できる。パンククラブとしてスタートしたこのクラブは未だにその精神を保っており、エントランスは5ユーロかフリーで、ゲストリストは存在しない。元々は密輸業者用刑務所だったこの「A」の形をした建物は丘の斜面に建っており、交通量の多い道路に架かる歩道橋の下に位置している。内部はすべて木造で、古いフライヤーやステッカーが壁全面に張られている。小さなバーがひとつ、そしてフロアもひとつ。外には狭い庭。トイレはかの有名なCBGBに似ている（ちなみにフロアは元々トイレであり、壁にコンドームの自販機がある）。またDJブースは2台のターンテーブルと1台のCDJだけで、モニターは存在しない（必要に応じてPAスピーカーの1台の向きを変えることはできる）。

しかし、何よりも重要なのは、音楽性が全く問われないという点だ。Jakobは、「そこがパンクなんだ。自分の好きなことができる」と言う。土曜のピークタイムにアンビエントをプレイしたければ、それも結構というわけだ。これは内部の雰囲気による部分もあるだろう。いくつかの赤い照明とミラーボールだけのここのフロアは音楽を選ばない。またクラブ側の期待も他とは違う。Lorenzは、「別にミックスを気にせずにレコードをプレイできる雰囲気がある。上手く行けば上手く行くし、そうじゃなかったら次のレコードをとっととプレイすればいい。その自由な感じが、このクラブの一部なんだ」と説明する。

「人によってはGolden Pudelを怖がるんだ。自由すぎるってね」Breithauptがわざと人を驚かすような口調で付け加える。

Kösterが続ける。「何年も前にMix Master Morrisが『この4つ打ちって奴は、マジでドイツのマーチングミュージックだよな』って俺に言ったんだ。俺もそうだと思うよ。俺はテクノもハウスも大好きだ。でも一晩っていうのは好みじゃないね」彼、そして他のメンバーは、週末よりも更に幅の広い内容の平日の方に思い入れがあると言う。

「何でもプレイできるんだ。クラウトロックからエレクトロニック、ノイズ、それに鳥の声だろうが、変態ジャズだろうが、何だっていい」日曜日にKösterとパーティーを主催しているLorenzが言うとKösterが続ける。「客が悪かったら、Venetian Snaresをプレイする。すると20分後にはフロアは誰もいなくなるから、そしたらまた仕切り直せばいいんだ」

「とにかく楽しいんだ」Breithauptが付け加える。

Golden Pudelの謙虚かつラディカルなこの姿勢はコアなファンを生み出しており、ハンブルグのシーンの支柱的役割を果たしている。常連やアーティストは毎週2、3回顔を出し、酒を飲んだり、会話を楽しんだりしながら、その一晩がどうなっていくのかを見守っていく。またドイツ国外のDJたちにも人気で、Ben UFOとMiles Whittakerは共に「世界で一番好きなクラブ」としている（特にWhittakerはFacebook上の出身地欄にハンブルグと記入するほどだ）他、Objektも2011年の夏にこのクラブでプレイした後、Facebook上に「（Golden Pudelは）コンクリートとモルタルじゃなくて、そこのバイブスで出来ているクラブ」と書き込み、絶賛している。

そのバイブスは当然ながらGolden Pudelの客によるところが大きい。クラブの清掃係は客層を「探究心が強い人や、学生、Golden Pudelフリーク、アートフリーク、ファッションフリーク、ホームレス、40代」と説明する（Kösterは「あと魔術師」と答えている）。来る客全員に浮ついた感じはない。私が最後に訪れた時はDJブース横の隅で殆どの時間を過ごした。私の隣ではIan Curtisのようなダンスをしている人と、ずっとイチャイチャしている3人のオシャレな若者たち（女性2人、男性1人）がいたが、Ian Curtisダンサーの発案で、私を含む全員が自己紹介をすることになり、Ian Curtisダンサーが、「俺たちは隅っこファミリー」だと私たちに名前を付けたことを憶えている。

ちなみにその晩プレイしていたHelena HauffはGolden Pudelのレジデントだったが、すぐに私のお気に入りのDJの1人になった。ダークでコスミックなアンビエントからスタートした彼女のセットは客でフロアが埋まっていくのに合わせながら陰鬱なリズムを織り込んでいく。何時間にも渡り基本的にはダークウェーブやエレクトロがプレイされる中、時折アシッドハウスが差し込まれた。その次にプレイしたその晩のゲストDJ、D Cosmoも彼女の流れを引き継いだプレイに徹していたが、時折ポップなトラックも挟み込むスタイルが持ち味で、夜が明けた後にはPet Shop Boysの“West End Girls”がプレイされた。基本的には途切れることなくテクノがプレイされていた一晩と言えるが、2人ともピッチの急激な変化を恐れず、ビートマッチを無視するプレイを披露していたのが印象的だった。

Golden Pudelは朝の7時を過ぎてもプレイが続くことはない。この特徴はベルリンのような都市のクラブと比較すると健康的だ。HauffとD CosmoがB2Bで終えると、日光を遮っていた大きな板が窓から外された。客は笑いながら外に出て行き、庭にいる子犬が彼らたちを見つけて吠える。客の笑い声は丘の上にあるPark Fictionまで続いていったが、Golden Pudelの上に位置するこの場所は、人口のヤシの木が植えてあるシュールな広場で、ハンブルグ港が一望できる。パーティー明けのべたついた体の彼らは耳鳴りの向こうに港の音をかぶせながら、彼らはそこでマリファナを吸い、ワインを飲んでいた。

Golden Pudelのユニークな特徴として挙げられるのが、常に変化を求める姿勢だ。24年間に渡り、常にオープンでありつづけ、入れ替わるスタッフとアイディアによって新鮮さを保ち続けた。「Golden Pudelは1989年にパンクのライブが開催されるスクワットパブとしてオープンしたんだ。当時ターンテーブルは1台しかなかったね」とKösterが振り返る。

Lorenzが続ける。「あとマイクが1本。ターンテーブル1台とウィスキーのボトルにテープで留めたマイクさ。レコードを入れ替える間にマイクで喋る感じだったよ」

「元々のオーナーは、Rocko SchamoniとSchorsch Kamerunの2人だ。彼らはハンブルグのパンクスのアイコンのような存在で、俺たちは彼に誘われたんだ。1990年代に入ると、彼らはそれまでの汚いパンクスの感じは世の中に通用しないってことを理解して、何か新しいことをやる必要があるって話になった。それで俺とTimみたいな連中にイベントをやってくれって頼んできたんだ。それ以降、俺たちは常に友達を誘い入れながらやってきた。常に新しいアイディアを入れるのは、クラブにとって凄く重要だ。凝り固まることはなく、常に動いている。これが凄く重要だ。クラブ、そして音楽は進化しなければならない。俺たちもアンビエントからパーティーを始めた」

「ブレイクコアの時もあったな」Kösterが続ける。

「たまにね。あとはベタなハッピーハードコアや、ダークなインダストリアルノイズ、ドローンノイズをプレイした時もあった」

「その頃Lawrenceが出入りするようになった。ターンテーブルを2台にしようって言ったのは彼だったんだ。ターンテーブルが2台になったのは彼のせいさ」

「その後徐々にゆっくりとエレクトロニック・ミュージックがこのクラブに進出してきたんだ」

しかし、この流れがGolden Pudelが逆に外界に進出していくことになったきっかけになったとも言える。2000年代に入るとGolden Pudelはハンブルグ最高のクラブとして知られる他にも、この都市が世界に誇る音楽を生み出す場所としても知られるようになっていった。LawrenceがCarsten JostとDialのパーティーを毎週スタートさせたのもこのクラブだ。「彼らはいい仕事をしてくれた」とBreithauptは振り返る。「フロアは汗で湿ってたよ」そしてその数年後、今度はSmallvilleクルーが同様に人気を獲得していく。こうしてGolden PudelはFour TetやModeselektor、James Blakeなど、クラブの財力を遥かに超えるようなアーティストたちからも注目されるようになっていった。

Golden Pudelの影響力はこうして強まっていってが、彼らのポリシーは変わっていない。Kösterは説明する。「俺たちが払うギャラは少ないよ。ここで仕事をしてくれる人たちにはちゃんとお金は払う。フェアに払うよ。でも通常のDJのギャラは払えない。だからアーティストと直接やりとりするしかないんだ」ちなみにGolden Pudelでプレイするアーティストの殆どは、1晩50ユーロ以下で泊まれるパンクス御用達のホステルKoggeに宿泊している（ちなみに私は通りから寝ている姿が丸見えのショールームのような部屋に楽しく宿泊させてもらった）。

「金のためにやってるんじゃないってことが
伝われば、アーティストはいつもより少ない金額
でプレイしたいと言ってくれる」

「俺たちは絶対に契約書にはサインしない。絶対にね」Kösterはそう強調すると、アーティスト側からのライダーも殆ど無視することを認める。ちなみにJamie Lidellが声をウォームアップするための部屋を別に用意してくれと頼んだ時も、港の近くで人が来ない場所を探してくれと伝え、また他の誰かがDJブースへフロア以外から入れるようにしてくれと頼んだ時も、DJブースの裏にある窓から入ってくれと言ったという。

しかし、殆どのアーティストは喜んでその指示に従うようだ。「口コミのおかげだね。DJの間でここは素晴らしいクラブだっていう話になっているから、いつもよりもずっと少ない金額でプレイしてくれるよ」Lorenzは説明する。

Kösterが続ける。「あとはエントランスがフリーじゃない場合は3ユーロか5ユーロだってこともみんな知っているからね。金のためにやってるんじゃないってことが伝われば、アーティストはいつもより少ない金額でプレイしたいと言ってくれるんだ」

Golden Pudelはその意味で理想的な存在と言える。スタッフから客、そしてアーティストまで、ここに関わるすべての人が、この場所を愛しているのだ。またKösterはGolden Pudelは「財務的制約なしで運営している」と言う。高額な諸経費に頭を悩ませるクラブが多い中、これが実現できているということは特筆に値する。詰まるところ、ブッキングエージェントや契約、パブリシティ、ギャラなど、この業界に関わってくるすべての約束事を壊しながら、世界中から愛されるスペシャルなクラブを作ろうというアイディアはラディカルそのもの―つまりはパンクなのだ。