音楽にはカテゴライズしやすいものと、我々が知っている世界の一部から出て来たとは思えないようなサウンドを持つものがある。Joey Andersonのプロダクションは完全に後者にあたる。彼の最初のトラックは2008年にDJ QuのStrength Musicからリリースされたコンピレーション・シングルに収録にされていた。それらのトラックはQu自身のダークでリズミックなハウスよりも一風変わった、ストレンジなサウンドで注目を集めることになる。Andersonの多くのトラックはここ2年の間に連続してリリースされてきたが、小惑星のようにトラックの塊があたかも地球に突如ぶつかってきたかのようだ（印象的な展開で一般的にそのように思われているトラック”Earth Calls"は、タイトル、内容共に全てがハマり過ぎている）。

2012年の終わりから2013年に6枚以上のシングルをリリースし、Andersonのサウンドは、彼の初期作品にあったラフなエッジを丸ませることなく、より成熟したものになっていった。彼のサウンドデザインはより感傷的な部分を持つようになったが、ひたむきなピアノあるいは色とりどりのシンセ・パッチによるメロディは、変わらず安直なスタイルを一切無視したものになっている。アムステルダムのレーベルDekmantelからデビュー・アルバム『After Forever』のリリースを予定しているが、Andersonは間違いなくここ5年間で最も特徴的なサウンドを持つアーティストの一人だといえる。ハウスミュージックのようにはほとんど聞こえないハウス・ミュージックの一種なのだ。

Andersonは実際には古風な家系を背景に持ち、マンハッタンからハドソン川をちょうど超えた場所に位置するニュージャージー州、ハドソン郡の出身者である。彼はホーボーケンで育ち、現在はその南にあるジャージーシティに住んでおり、そこでほぼ20年の間、集合住宅セクション8の建築技士として仕事をしてきた（彼は現在39歳になる）。もしAndersonが望んでいたなら、他の多くのプロデューサーと同様に華やかでソウルフルなサウンドを生み出すハウス・プロデューサーとして活躍し、賞賛を得ることができただろう。しかし代わりに彼は自身の感性に従い、他の誰とも異なる何かを作り上げた。長年の友人であり、サポーターであり、ニュージャージー仲間であるQuは最近、Andersonは彼自身の独自の言葉を持っていると話していた。彼の音楽は、彼以外誰も再現できない、Joey自身特有の音を持っているのだ。

その独自の言葉が生まれた土地でその独自の言葉を聞いてみたいという興味から、私はAndersonに彼が昔よく行っていた場所を案内してくれるように頼んだ。1月の寒く強い風が吹く午後、Andersonはジャージーシティのダウンタウンにあるパス・トレインの駅の外に私を迎えに来てくれた。2011年の始めにニューヨークの音楽シーンを通じて何度か我々は顔を合わせたことがあり、彼は私のラジオ番組のExchange Placeのショーケースの中で出演してくれたこともあった。控えめで、人のよい、この上なくのんびりした彼は、以前と変わらないままだった。彼は迷彩ジャケットにうねったドレッドヘアーをしまい込むためのオレンジのニット帽をかぶり、ほとんどの時間、片手にテイクアウトのコーヒー、もう片方には細い葉巻を持っていた（「いつも１日コーヒー５杯は飲むんだ」と彼は話していたが、その午後はずっと火が風で消えてしまうSwisher（葉巻の銘柄）を吸うのに時間を割いていた）。

この1年ほどの間、リリースに対する多くの崇められ具合やDJ依頼の殺到は彼を驚かせているように感じた。「自分で何かをやっている人ならみんな、そりゃあやってることに対してカッコいいって言われたいだろうけど、わかんないな」とウォーターフロント近くの駐車場を探しながら彼は話した。純粋に困惑していても、彼はジャーナリスト達が2、3時間彼にインタビューしてくれることについてはありがたいと思っている。ただ彼が仕事をしていた建物にいる、長年の知り合いのある女性が、彼がJoey Andersonじゃないかと聞いて来た時に、彼は「俺は有名人じゃない。くそな記事を読んでるだけだろ！」と彼は返したという。

横道に車を駐め、東のハドソン川方面へぶらぶらと我々は歩き出した。ジャージーシティのウォーターフロントは今では高層のオフィスビルや高級ホテルが立ち並んでいるが、マンハッタンのスカイラインがそのビル群の後ろに途方もなく大きくそびえ立っており、それは新ワールドトレードセンター・ビルが高く伸びる手前の北からゆっくりと1マイルほどカーブして見える。水辺に辿り着いた際に、この光景を見るといろいろ思い出すのかどうかAndersonに尋ねてみた。「ここがまだ歩けなかった頃のことを思い出すよ」と彼は答えた。「この辺は完全に廃れた波止場だったからなあ」。不動産開発業者がきれいな遊歩道にする以前、街の若い連中が邪魔されずに集まれる、隔離された、荒れ果てた場所だった。Andersonにとってはそこはダンスをする場所だった。「音楽を爆音で鳴らしても、誰にも聞かれないからね」

長年ダンスはAndersonにとって最もやりたいことだった。彼が10代の頃、ソウルフルなハウスがニュージャージーを蔓延し、彼の年上の従兄に地元のパーティーへよく連れ出されていた。彼は音楽好きだったが、競い合うダンスバトルに興味を引かれていた。それから程なくして、彼をダンスの輪の中に見つけることになる。13、14歳頃から彼は家を抜け出しては、パストレインに乗って、Strictly Rhythm、Eightball、Nervousの刺激的なレコードがかかる、その時代を象徴するマンハッタンのMars、Sound Factory Bar、Shelterなどのクラブに踊りに出かけていた。「クラブに行っては、輪の中に入り、5、6人で6時間くらいお互いに踊り合ったもんだよ。誰も馬鹿みたいに飛び跳ねたりせずにね。リスペクトし合っていたんだ」

彼は、閉鎖して長きに渡るChelsea Clubのフロアを遊歩道に見立て身振りで示した。「そこに輪があって、たぶんそこにも、そこにもあって。自分が見た中でも最も驚くような出来事だったんだよね。それにおれは引き寄せられたんだ」。翌早朝に家に戻ると、彼が着ていた洋服は汗でびっしょりになっていた。生まれ変わったなら、Andersonはプロ野球選手になっていたかもしれない。強かった彼所属のアマチュア・チームはソ連崩壊直前のロシアへ遠征に出向いたり、スポーツ選手奨学金で彼は大学に通っていた。「だけどおれはいつも踊りにいってたんだよ」と彼は言う。「クラブ通いで自分の野球人生をダメにしたんだと思うよ」

Andersonが身に付けたダンススタイルはまだアンダーグラウンドなものだったが、ミュージックビデオのおかげで90年代半ばにはポップ・カルチャーの中へと浸透し始めていた。ハウスダンスは特に日本で大きな流行となり、日本人観光客がダンスを教えてくれそうな地元の人間を求めクラブに出入りし始めていた。「もしクラブで人気ものだったら」とAndersonは振り返る。「ほぼおそらく何人かの日本人は頼んで来たと思うよ」。本場から動きを学んだ後、彼らは日本へ戻り、何十人もの生徒達に教え伝えていたのだ。Andersonは常にハウスダンスをある種真剣に受け止めていたが、特にニューヨークのハウスダンサー達が東京へ行き、王族のような待遇（支払いも）を受け始めた頃に、彼は教えることへの可能性を見い出し、ダンススタジオに通い始める。資格十分なキャリアにはならなかったが、90年代半ばから2000年代にかけ断続的にダンスをしたり、教えたりするために日本へ行っていた。2012年に東京でのStrength Musicのショーケースが彼にっては最後のバトルダンス出演だった。

ハウスダンスの先駆者、Brian "Footwork" Greenが企画した最初の頃の日本への旅で、Andersonはマンハッタンの輪の中で見覚えのある顔を発見した。それがDJ Quだ。彼らは遠くからお互いのダンスを感心して見ていたが、日本が実際に知り合う場所となった。「多くの時間ダンスにのめり込んでるダンサーはいても、どのアーティストの曲で踊っているのか教えてくれる人はいなかったんだ」とQuは言う。「僕らは共にダンスと同じくらいに音楽にものめり込んでいたんだ」。Andersonは音楽の細部を繋ぎ合わせたことを思い出していた。彼らが10年後に、その時代のハウスミュージックの素晴らしい部分を引き抜き、サウンドを作ることになることを思えばそれは驚くことではない。「そうやって自分たちは仲良くなっていったんだ」とAndersonは言う。「誰でもみんなが細部にのめり込むわけじゃないけどね」

90年代の終わりと共にマンハッタンのダンススポットからAndersonは離れることになる。彼は父親となり結婚（その後離婚）。Quは時折、彼がイーストヴィレッジの、現在は閉店してしまったDance Tracksでレコードを買っているところを見かけてはいたが、ただ言えたのはAndersonがクラブシーンから完全に出て行ってしまったということだった。その後Quがレジデンシーを務めるHouse Dance ConferenceにAndersonが現れた時のことを振り返り、Andersonにクラブで会うのは他のダンサーやQuにとって長年ぶりの出来事だった。互いに2人はそこから連絡を取り合うようになり、2000年代初め頃にDance Tracksで偶然出くわした際に、QuはAndersonを自宅に招き、2、3人の友人らと共にレコードを聞いた。

QuとAndersonと友人達—Ruben Candelario AKA Nicuri、David Salazar AKA David S.—はQuの自宅で定期的に集まるようになり、夜遅くまでレコードをプレイしていた。「Exchange Placeはハドソン郡にあるエリアだけど、ぼくらはExchanging Recordsだった」とAndersonは説明する。「いいネーミングだよ。ジャージーを表しているんだから」。2000年代再びハウスと繋がりを持った彼はそのハウスの方向性に違和感を感じていた。「ヴォーカルが大部分に入っていて・・・つまりクールだけど、自分は夜通し雰囲気を持ったディープな感じだったかな」。しかしQuと友人らは彼が繋がっていられるようにある種の分担を与えていた。Andersonは長年ハウスのレコードを集めていたが、そこでのセッションは彼にとってDJを学ぶための場だった。「見て、習い、話し合う、それだけだよ」とAndersonは言う。「”そうだよミックスに失敗したなら、カウントの仕方を学ばなければだめだ”って優しくは言うけど、最悪だよ」

Exchange Placeセッション後のある朝、彼らはコーヒーを飲むため店に立ち寄った際、QuはAndersonに音楽制作をやって欲しいと話した。「彼には言わなかったけど、どうかしてると思ったよ。だってどうやって音楽を作り始めたらいいかすら全く分からなかったんだから」とAndersonは言う。「それから彼は車の中で曲をかけ始め、自分は”何この曲？”って感じになって、車の後ろで強い力を感じたんだ」。Quのトラック独特の響きだった。「そしたら、彼は”これ俺が作った曲なんだ！”って。そこから自分は、すげえな！って感じで、自分が物足りなく感じていた部分を埋めるエネルギーがそこにはあったんだ」

QuはAndersonのためにソフトウェアとコンピューターを用意し、Andersonはそこからスタートする。Exchange Placeでの活動に続き、彼はInimeg (彼の星座でもある”ふたご座”を表す、Geminiのスペルを逆にしたもの）を2011年に立ち上げ、彼自身の音楽のリリース元とした。2012年になって他のレーベルからトラックの依頼が入り始め、彼は曲を提供していくことになる。その年の終わりから翌年にかけて、Joey Andersonのトラックは至る所に現れ、いつものように独自の怪しげなサウンドを発していた。

「ガソリンを入れていこう。こんなのを押しがけなんかしたくないからな。」

会員制カードを持ち、Richard Longのサウンドシステムがあり、Andersonにとっては批判にさらされる場所、そしてニューアークからのParadise Garageへの回答でもあるZanzibarの側を車で通れたらと筆者は願っていた。ニュージャージーでよく見かけるのは、建設事業の工事で騒音が鳴り響く道路と、それによって起きる交通渋滞だ。太陽が陰り始めた頃、我々は車に飛び乗りモーテル、修理屋、教会、黒くすすけた居住アパート群など、ウォーターフロントとはあまり変わらないジャージーシティの町並みを通り過ぎた。ハドソン川から街の内側へ入って行く頃、Andersonは日本のレーベルYygrecのためにレコーディングした、ディスコからSound Factory Barもの、ダークで怪しげなエッジの効いたテクノまでをブレンドしたMix CDをかけ始めた。全てのレコードをミックスして同時にかけ、ハドソン郡の汚れをレコードの溝にブラシする、そのスピーカーから発せられる音がJoey Andersonのトラックなのではないかと自分は想像していた。

私はAndersonに自身のプロダクションをどのように表現し、どんなサウンドを目指しているのかを尋ねてみた。「ダンサーとしてダンスフロアでは、まるでほとんど誰も見ていないかのようになる必要がある」と彼は不可解に答えた。社交的手段としての興味深い音楽の活用だ。「一時、それ以上は何も見出せなかった。それからディープという言葉が出て来て、ディープが何なのか全く分からないんだけど、ディープって何だ？ケーブルTVがあって、音楽チャンネルをかけ、ディープハウスを選び、いくつかを聴き・・・」彼の話は途切れたが、彼が言おうとしていることは私には分かった。ディープという言葉はAndersonが作るもの全てをある種表しており、かき乱すようなヴォーカルカット（彼のガールフレンドであるEbony Ugoによる）を含んだ"Above The Cherry Moon," のようなトラック、Ben UFOのRadio 1 Essential Mixに収録された変則的なピアノが落とされる”Press Play"などはディープという言葉では全く足りないくらいにアンダーグラウンドな響きを持っている。

「自分にとってディープというのは、他人にはめったに話さない、精神状態のようなものだ」。Andersonは続ける。「ふさわしい人間が表れない限りはずっと話さないでいるような。常に隠されたもので、ふさわしい状況でふさわしい人たちにしか打ち明けないようなものなんだ。日常のものではない。それが自分にとってディープということなんだ」

彼の一部分を覗けることができ、Andersonにとってプロデューサーという立場がいかに意味のあることかがわかった。ビートを刻むことだけが喜びではない。彼は言う。「アーティストが曲の裏に隠れた昔話を語るのを聞くのが好きなんだ。ある人と仕事をしている際に、彼はビートを刻みながら、”よう、すごいヘヴィなビートだよ！”って感じで。で、自分は全然ヘヴィじゃないよって感じで彼を見て、それはただの・・・そこに何のストーリーもないって思ったんだよ」

以前彼は一切アルバムを作るつもりはなかった。彼の頭の中は、リスペクトすべきオランダのレーベルからのプロジェクトオファーについて考えている様子だった。しかし『After Forever』は以前よりもより深く掘り下げる作業を彼にさせた。「自分の人生である何年もの間あった、いろいろな出来事に対する感情の対処だと思う。自分はいつも、トラックがどんなものであれ、そこに人間性を加えようとするんだ。ある種人としての経験に関係したトラックを作る感じなんだ」。彼は自身のアルバムを2人の娘に捧げており、彼はそれを「あるサウンドに聞き出すことができるよ。そのサウンドスタイルは晴れやかに明るいものだと自分は感じてるよ」と言った。

我々はAndersonが建築に関わった彼の住むSection8の一角で別れた。彼が5年ほど前に管理者になった時にアパートを与えられた。ただ最近では彼は頻繁にロンドンやベルリンにおり、いつでも呼ばれれば行ける状態になっている。途中彼は多くの住人達へ手を振り、蛍光灯に照らされた吹き抜けのホールへと移動した。アラームを解除しドアを開け、屋上へと上がり、そこから今日2度目となる素晴らしい景色を眺めた。Andersonはマンハッタン方向を横目で見ていた。10年以上前になるがここから彼はワールドトレードセンターの崩落を見ていたのだ。

Andersonは1階の快適な部屋に住んでおり、部屋はお香に包まれ、暗い色彩に塗られた壁に囲まれていた。キッチンの横にはガラスのケースがあり、娘達の写真や野球選手時代の写真、そして自身のレコードを額に入れて周りのスペースに飾っていた。居間の一角のスペースは彼の音楽関連のものに割かれており、棚の片側には12インチが入っており、もう片方にはシンセやキーボードが収められている。コンピューターを立ち上げ、散らかったデスクトップからReasonファイルをダブルクリックした。「以前とほとんど変わらないよ」と彼は制作過程について話してくれた。「エンジニア的にね。そこにより重点を置いてるんだ。新年になるにあたっての自分の目標が、サウンドエンジニア側のこと、もっと技術的な部分について学んで行きたいってことだったんだ」。彼はセッション・トラックのプレイボタンを押し、部屋の中は、暖かみ、うねり、ミッドナイト・ブルー色、メランコリックなぼやけた要素といったJoey Andersonが本来持つ何かでいっぱいに溢れた。彼は曲の掴みを作るのに明快さを待っていると言っていたが、トラックを聴きながら、私は多くの人たちが持つ掴みの定義とは素晴らしく異なる彼の掴みに感動していた。

Andersonのレコードをパラパラと眺めながら、私は彼に、彼のサウンドを聞いて思い起こすような他のプロデューサーの名前がなかなか出て来ないことを話した。明らかにDJ QuやおろらくBobby Kondersとは類似点があるが、それぐらいなのだ。そして私は彼に、Kerri Chandlerには全く似ていないよと話した。

「この地域で生活するにはルールがあるんだ。人の真似をしない。オリジナルであるべきだということ。多分自分はそれに影響されたんだと思う。誰かの作品を完全にコピーなんてできない。自分でできることを示さなければならない。このことは全て90年代にあったことだよ。スタイル、クリエイティヴィティ、自分の周りの友人ら、みんなそれぞれの役割を果たしていた。影響された一部を自分の中に取り入れたんだ。一部を取り入れてそれを何か新たなものへと変えて行くんだ」