一般的なDJプレイでは、アーティストとオーディエンスとの相互作用によってフロアの雰囲気が形成されていくが、それとは違った見せ方もある。ステージ上での2組のアーティストの勝敗を含めてオーディエンスが熱狂する、例えるならプロレス的な要素を秘めたショーケースであるサウンドクラッシュは、日本においてレゲエ・シーン以外で馴染みが少ないものだが、ここ数年ベースミュージック・シーンを通して注目が集まりつつある。その代表的なショーケースが、UKで開催された「Red Bull Culture Clash」だ。各ジャンルのトップアーティストがクルーを組んでサウンドクラッシュを行い、その盛況は1万6千枚のチケットが完売するほど。2014年の出場者は、前回大会の覇者であるグライムクルーBoy Better Know、ジャマイカからレゲエを代表してStone Love、世代を超えたジャングリスト集団Rebel Sound（Chase & Status、Rage、Shy FX、David Rodigan）、アメリカからヒップホップ・コレクティヴA$AP Mobが、DJプレイで雌雄を決した。

まさにジャンルの垣根を超えた闘いであるが、グライム、レゲエ、ジャングル、ヒップホップの看板を背負ってステージに上がり、負ければシーンに影響を与えてしまうという懸念があるため、相当のプレッシャーが掛かる。出演者以外にも、サウンドシステム・カルチャーを踏襲してチームごとにステージが4つ作られ、各々サウンドシステムの指定があり、別々のステージ上のスピーカーから音が鳴る。出音の良し悪しも含めた闘いで、サウンドシステム・メーカーも命を削る一大イベントなのだ。特設サイトでリアルタイムのオンライン配信も行われ、日本の耳の早い好事家は早朝3時からPCの前でストリーミングに釘付けで、私も優勝したRebel Soundの1ラウンド目の配信を見て驚いた。照射されるレーザーの角度でわかったが、圧倒的な規模感と若いオーディエンスのテンションの高さ。この状況から、サウンドクラッシュがムーヴメントになっていることがわかるだろう。

新たな熱狂を生み出した「Red Bull Culture Clash」の初回開催は2010年2月。レーベルMetalheadzの面々（ドラム＆ベース）、Digital Mystikz（ダブステップ）、Soul II Soul（R&B）の3組で、この意外な組み合わせにUKのリスナー間で話題となったことは言うまでもない。同年10月にも行われ、 Channel One（レゲエ）、Skream & Benga（ダブステップ）、Metalheadzという組み合わせ。それから一年が空いて、規模が拡大したのは2012年。出場者は、Channel One、Major Lazer（ダンスホール）、Boy Better Know、Annie Mac（Magnetic Man、Redlight、Disclosure、Rudimental）（ダブステップ）という各ジャンルのトップ集団が集結した錚々たる顔ぶれ。また2012年のロスアンゼルスでは、EDMの代表格Steve AokiのレーベルDim Makと、ブロステップの代表格12TH PlanetによるレーベルSMOG、ShlohmoやSalvaなどをリリースするポスト・ダブステップレーベルFriends of Friends、US系ベースミュージックをリリースするMad Decent傘下のレーベルJeffree'sがサウンドクラッシュを行った。他にも小規模ではあるが、リーズやブリストル、ニューヨークやマイアミなど各都市で「Red Bull Culture Clash」は行われている。現在のサウンドクラッシュは、アーティスト同士のプライドを掛けた闘いではなく、ジャンルやレーベルの命運を背負って戦う、もはやDJプレイを介した戦国時代となったのだ。なお先日、DiploがTwitter上で、A$AP Rocky、Shy FX、Chase & Statusに対して、サウンドクラッシュを炊きつけていて、国内外問わずジャンルを超えた大規模なサウンドクラッシュが今後も行われることが予期される。今までにない意外な出場者の組み合わせになることを期待してやまない。

さて、サウンドクラッシュとは何なのかを解説しよう。レゲエ発祥のサウンドクラッシュという文化は、アーティスト同士が曲を掛けあって、オーディエンスの歓声で勝敗を決するショーケースだ。決められた時間の中で、この日のために録音したダブ・プレートを使い、時にはMCなどで攻撃し合う。言葉だけで勝敗を決するヒップホップのMCバトルと違い、プレイするリディム（トラック）も自分たちで選ぶ。既存の音源（レゲエ用語では45）だけで戦う試合形式や、オリジナルのダブ・プレート（市販されていない音源）のみなどルールはさまざま。出場者は試合に負けられない思いを持って挑んでいるため、試合のためにプレイするオリジナルのダブ・プレートを作るのに、ゲストアーティストへ優勝賞金以上のギャランティを支払って赤字になってしまうことがあるほどだ。国内のレゲエ・シーンでは、古くはMighty Crownが世界的大会である「World Crash1999 in New York」で優勝したこともあり、サウンドクラッシュは定期的に行われ、定着したエンターテイメントになっている。近年の国内レゲエ・シーンにおいては2013年に行われたサウンドクラッシュ「激突」が話題となり、Burn Down（大阪）と Yard Beat（横浜）が賞金100万円を賭けて満員の会場で戦った。

サウンドクラッシュの試合形式は、主催者側が設定し、事前に出場者に伝える。試合形式の条件としては、試合時間、ダブプレートの使用の可否、ゲストパフォーマーの出演についてなど。ラウンドごとに試合形式が変わる場合が多い。また、サウンドクラッシュにはルールに応じて用語が存在する。“プレイバック＝相手がプレイした曲を再度プレイしてしまうこと” “コントラクション＝相手がプレイした曲に対してリリックやリディムに関連性を持たせた曲をプレイする返し技” “ノーバイアス＝先入観を持たずにプレイの良かった人を評価する” などが代表的な例として挙げられる。「ルールはクラッシュによって様々ですが、こうした用語やルール、MC、リリックの意味も把握出来てくると更に楽しめると思います」シーンの理解者であるPART2STYLE SOUND（後述のイベント「Outlook Festival Japan」レジデントであり「Wardub Japan 2013」優勝者）は語る。「その他見所として、その日だけの為に相手を名指しで攻撃する当日用仕込みダブプレートは破壊力バツグンです」。オーディエンスがルールを理解していることで、音を介してのより深いコミュニケーションが可能になり、場の熱量も高まる。

UKでの「Red Bull Culture Clash」と共鳴するかのように、国内のベースミュージック・シーンへサウンドクラッシュを持ち込んだのは、「Outlook Festival Japan Launch Party」だ。2012年から取り入れられた新しい試みは、出場者のジャンルを問わず、ベースミュージックからHabanero Posse、エレクトロ・ユニットDEXPISTOLS、ジャングル代表Jungle Rockの三者で行われた。この日のために、対戦相手のプレイスタイルを想定しながら制作されたオリジナルのダブ・プレートをプレイして戦い、著名な日本語ラッパーのZeebraなどをフィーチャリングした意外なトラックも飛び出して好評を博した。

2014年にも開催され、前回の勝者Habanero Posse、国内ジューク・レーベルBooty Tune、ハードコアなテイストを得意とするLef!!! Crew!!!が火花を散らした。試合前から出場者同士はTwitterなどオンライン上で牽制しあい、オーディエンスの期待高まる中、試合はageHaのメインステージで行われ、またもやHabanero Posseが圧勝した（30分に及ぶダイジェスト動画が公開されている）。「2012年の初クラッシュでは、勝敗が決まる以上絶対に負けられないという格闘技的感覚に興奮し、お客さんもSNSで予想をしたりと、初めてながらもそれぞれの楽しみ方を見つけて盛り上がっていたように感じました。2012、2014年も既存曲のみで行う1stターンはベースの鳴りを意識した選曲で、2nd、FinalのDUBターンはあえてヴォーカルを生かす音質で挑み、出場チームの特性を考えながらのシミュレーションに時間を費やしました」連勝者であるHabanero Posseは当時の想いを語る。筆者が観戦して感じたことは、他の出場者がBPMの速いプレイスタイルを得意とすることを想定して、あえてベースのみを強調した遅めのトラックをプレイし、オーディエンスに対して他との差を明確にしたのが勝因のひとつに思えた。

「Outlook Festival Japan Launch Party」では他にも、イベント内にジャングルDJ同士のサウンドクラッシュの時間を設けるなど、話題作りには事欠かさない。またイベント開催前には、一般向けのDJコンテストもある。SoundcloudにアップロードされたDJミックスに投票を受付け、優勝者はageHaのメインステージに出場できる権利が得られる。まだシーンに属していない人に参加するチャンスを与えて裾野を広げようとしているのだ。

一方で、サウンドクラッシュはレゲエを通過していない世代の若手も闘いに興じるようになった。エモーショナルな関西のビートメイカーSeihoとLucky Me所属のObey Cityによる2014年のジャパン・ツアーでは、LEF!!!CREW!!!!、ベースミュージックの若手クルーHyperJuice、Trekkie Traxの3組がサウンドクラッシュでパーティーを盛り上げた。ベースミュージック・シーン以外では、インドネシアのダンスミュージックのジャンル、ファンコットのサウンドクラッシュ・イベント「Funky Clash」が2014年7月に小規模であるが開催されている。レゲエから派生した文化が他の音楽シーンにも流用されて、賑わいを見せるのは現代ならではだろう。

また、サウンドクラッシュはジャンルの壁を乗り越えただけでなく、インターネットにも飛び火した。オリジナルトラックをアップロードしあう「Wardub」と呼ばれるオンライン・イベントが、2013年9月に開催されている。UKのグライム・シーンで名の知れたプロデューサーを中心に、Soundcloudにハッシュタグ#LordOfTheBeatsを付けてトラックを投稿しあうこのイベントは、曲のタイトルで相手のアカウントに対して攻撃をするキルチューンも飛び交う。トラックもリストアップされ、グライム掲示板のGrimeForumでの投票で勝敗が決まる。元々はグライムクルーBoy Better KnowのJammerの主催で行なわれるMCクラッシュ「Lord Of The Mics」から派生したイベントであるが、合計300曲以上のトラックが投稿され好評を博した。2014年はジャングルをテーマに、ハッシュタグ#junglewarを付けたオンライン・サウンドクラッシュが行われた。観戦者でありシーンのサポーターであるレコードショップDisc Shop Zeroが独自にまとめたトラックリストには#junglewarのタグが付けられた375曲ものトラックが集まっている。オンライン・イベントでここまで大量のトラックが集まったことは稀有である。

UK発の熱狂に触発されるかのように、国内のグライム情報サイトGRIME.JPの主催者、CHELSEA JP氏によって「WarDub.JP」が立ち上げられ、日本初のグライム・プロデューサー・オンライン・サウンドクラッシュ「WarDub JapanCup 2013」が開催された。こちらも97名のプロデューサーによる300曲近いトラックが投稿された。「WarDub JapanCup 2013」については生存者20名によるフリー・コンピレーション『SURVIVORS』もリリースされている。2014年には、グライムという縛りから幅を広げて「140BPM WAR」というイベント名で、ジャンルでなくBPMを軸にして開催され、決勝戦はクラブ（大阪Triangle）で行われた。「GrimeForumの一員としてLordOfTheBeats を運営した事がきっかけで、UKではオン／オフ関係なくみんな音楽で遊んでいるんだなと思い、日本でもグライムリスナーが増えて欲しいという気持ちから開催に至りました」CHELSEA JP氏は語る。「Twitterのハッシュタグやメンションを利用したオンラインならではのルールが現場クラッシュと違って面白かったです。また様々なジャンルから多くのプロデューサーに参加頂いた事で大変刺激になりました」

また、音楽による勝敗のコミュニケーションは、サウンドクラッシュだけでない。2分の自作トラックによるトーナメントバトル「Voodoo Beat Battle」は、ベースミュージック・フリークの溜まり場となっているカフェバー・新宿ドゥースラーで行われている。ヒップホップはもとよりトラップ、ダブ、ジャングル、ブレイクビーツといったジャンルを問わないトラックメーカーたちが、アナログ100枚をプレスする権利を賭けてトラックを披露しあう。だいたい半年ごとに行われ、2014年10月には第三期の決勝戦が開催された。審査員はシーンの中でも信頼されるレコード店、Disc Shop ZeroとJar-BeatRecordの店主2名が勤め、公正なジャッジが下される。審査員を務めたDisc Shop Zero店長である飯島氏はこのイベントについて、「オンライン上で競うのではなく、実際にお客さんの前で、サウンドシステムを通してトラックを披露するということ、そして継続的に開催していくということを聞いて、面白そうだと思ってお手伝いさせていただくことにしました。自分の選定基準は、その曲がリリースされていたら自分の店で売りたいと思うか、という点がひとつのポイントとしてありました。地道にコツコツ作り続けている人がしっかり出て来れる場のひとつになればいいですよね」と語る。自作曲がプロデューサーの自室から移動して、クラブで流され、最終的にはレコード店に置かれるまでの流れを意識させる有意義な企画だろう。

クラブでの鳴りを前提とする、アマチュアのプロデューサーをサポートする基盤もある。アートスクールの美学校が主催する「爆音ワークショップ」では、クラブのサウンドシステムを使ってDTMレクチャーを行い、国内ダブステップの第一人者であるGoth-Tradが講師として教鞭を振るった回もある。ちなみに過去にはNumb、O.N.O、Seiho、agraph、tofubeatsなど名の知れたゲストが登壇。他に目を引く講座は、プロデュサーJaQwaによる「ベースミュージック専門学校」というレクチャーがインディペンデントで催されている。不定期ではあるが、こちらもクラブのフロア内でレッスンを行い、現場の鳴りで制作ができる。なにより「プラグインやパッチ探し」「アーメンブレイクの処理と組み立て」など、既存のDTMレクチャーとは違った実践向けのトピックが面白い。このような国内の企画は、あまり大きく宣伝するわけでもなく、シーンを盛り上げたいという人々の思いを中心に動いているのも面白い点である。

サウンドクラッシュの良心的な点は、オーディエンスの歓声によって民主的に勝敗が決まること。単純に曲の内容で盛り上がるか盛り上がらないかで決まるのが潔い。試合に向けてプロデューサーたちがスタジオに集まってトラックを制作することで、トラック制作の技術や機材の知識、チームワークが向上する。普段とは違った形でトラックメイクに切磋琢磨することで、一味違ったトラックが作られてシーンの底上げにもなるだろう。また、既存のパーティーではどうしても出演者の内輪のコミュニティが優先されてしまいがちだが、公募されている開けた場を作ることで交流の場としての機能もある。ただ、こういった音のコミュニケーションは、一連の流れでグルーヴを捉えるDJプレイやライヴの楽しみ方とは全く違ったスタイルであり、勝敗という観念にほど遠いサウンドであるテクノやハウスといったジャンルの参戦は想像できないが、例えば、オーディエンスを熱狂させる大きな展開を盛り込める曲調やステージに集中させるパフォーマンスが可能なロックなどの他ジャンルのアーティストは参加する可能性を秘めているのではないだろうか。現在のサウンドクラッシュは、ジャンル、オフライン／オンライン、国境、世代を超えたといえるだろう。