音楽を制作する場合、無くてはならないのがケーブルだ。あなたがもし、ラップトップのみを用いて音楽を制作していたとしても、最低限、コンピューターに電源を供給するケーブルが繋がっているはずだ。ケーブルには楽器類をつなぐアンバランス・ケーブル、ミキサーやマイク、ヘッドアンプなどをつなぐバランス・ケーブル、さらにはスピーカー・ケーブルに加えて、先述の電源ケーブル、USBケーブルなど、さまざまな種類が存在するが、基本的には機器同士を結線するためのものである。例えば、DAWにオーディオ・インターフェース、モニター・スピーカー（もしくはヘッドフォン）にキーボードというシンプルなセットアップで音楽制作していたとして、現状の音質に満足できなかったり、もっと自分にとってわかりやすい音でモニターしたいと思う場合、より自分の好みになったスピーカーやオーディオ・インターフェースに買い替えるのと同様に、ケーブル類を替えるという選択肢がある。なぜならケーブルを替えることは少なからず音に影響を与えるからだ。“ケーブルに替えることで音が良くなるか”という類の議論は音楽プロデューサーのみならず、オーディオ・マニアにとっても格好の論争の的になるが、この質問はトリッキーな要素を孕んでいる。例えば幼い頃から30cmウーファーを搭載した大型のスピーカーで音楽を聴き始め、その後はエレキ・ベースの演奏を嗜んでる筆者にとって、低域のスッキリしているケーブルは明らかに“物足りない”と感じることが多い。このように音の善し悪しというのは、主観的な判断に由来するため、個人差が発生する。

だが、そういった善し悪しを差し置いたとしても、ケーブルを替えることで、確かに“音は変わる”のは事実だ。加えてケーブルの特性を知ることは、音楽を制作するうえでも必ずやメリットになるだろう。ということで、ここではケーブルを知るうえで知識や聴き比べるためのガイドを、三好敏彦氏にお願いした。三好氏はHal Studioを主宰し、DJ KrushやBoredoms、Takaaki Itoといった幅広いアーティストのエンジニアリングに関わる。またケーブルに造詣が深く、『ミュージシャン／クリイターのための電源＆ケーブル入門BOOK』にて数百本のケーブルのレビュワーを務めたほか、Sound & Recording Magazineにおいてもケーブル関連の記事を執筆している。さらには、エレクトロニック・ミュージックのプロデューサーたちがケーブルに対してどういった考え方を持っているのか、ドラム&ベースを出自とし、テクノ、エクスペリメンタルとのジャンルの辺境部分へと接近する日本人のEna、Mojubaからリリースを重ねる一方で、ベルリンへの移住を機に自ら炭谷電線をスタートしたStereociti、そして、ベルリンの名門Dubplates & Masteringのマスタリング・エンジニアとしても高い評価を集めるRashad Beckerという3人の話も合わせて紹介していく。

　
先ほど軽く説明したが、ケーブルにはシンセなどの楽器類を繋ぐライン・ケーブル（アンバランス）、マイクとプリアンプ、ミキサーなどを接続するノイズ対策の施されたバランス・ケーブル、スピーカーとアンプを繋ぐスピーカー・ケーブルといったアナログ・ケーブルに加えて、コンピューターとオーディオ・インターフェースなどをデジタル機器を繋ぐUSBケーブルなどのデジタル・ケーブル、そして電子機器に電源を供給するパワー・ケーブルなどがある。このようにさまざまなケーブルの種類があるが、最も音に大きく影響するものとして注目しておきたいのが電源ケーブルだ。ここ日本においては、100Vという電源環境に加えて、都市部の密集した住環境も影響してか、1990年代後半に交換用の電源ケーブルが大きく台頭した背景があった。その経緯を三好氏が説明する。「昔、ミュージシャンやDJの間でケーブルで一番音が変わるとされていたのがスピーカー・ケーブルでした。でも、スタジオのレコーディング・システムがDAWになってから注目を集めはじめたのが電源ケーブルです。例えばスタジオのシステムに使用するケーブルをまるごと替えるには、機器同士をつなげている何十本のケーブルをすべて替える必要があります。でも、電源ケーブルなら一本ですべての音が変わります」

三好氏が言うには、まずコンピューター本体の電源、続いてオーディオ・インターフェースの電源ケーブルを替えるのが、プロデューサーにとっては手っ取り早く変化を感じ取りやすいと言う。確かに1本のケーブルを購入するだけで音が変わるなら、悪くない話だ。では、ケーブルによる変化をどうやって聴き取ったらよいのだろうか？そのためにはリスニング環境について、さらにはジャッジするための知識が必要だろう。まず試聴する環境は、日頃から使っているスピーカーやヘッドフォンなどを使うとよい。リファレンスに用いる楽曲も普段からよく聴いていて、自分なりにどんなサウンドかよく理解した曲がよい。これは電源ケーブルのみならず、すべてのケーブルの試聴に共通したやり方だ。ただし、ケーブルの特性をフラットに判断するためには、曲の聴き方にコツがある。

「聴き比べをするときに、例えばリファレンスとなる曲の最初の1分くらいを聞いて、ケーブルを替えて、また曲を戻して聴く……というようにやると、ケーブルを替えたことで”変わった”と自分で思いこんでしまいます。ですから、曲は長く聴かないようにして、いつも聴くイントロ～Aメロくらいを繰り返して、その感じがどう変わっているかを比較すると良いです。サビまで聴いてしまうと、曲のテンションや音量感が変わることが多いので、フラットに判断にしくくなります」

「本当にケーブルによる音の違いを聴き取れるのか？」という疑問を持つ人もいるかもしれない。答えはYesだ。数本のケーブルがあるとさらにその違いを理解しやすいだろう。これはワインのテイスティングにも似ていて、いろんな種類を比べることで各個体の差をより理解しやすくなる。さらにフラットに判断したいのなら、ケーブルごとにリファレンスを再生して、その音をインターフェース経由でコンピューターに録音し、そのデータを聴き比べるというやり方もある。次にリスニング・テストをするとき、どこに意識して聴き比べるとよいのか。これはリスニング環境にもよるが、イヤフォンやヘッドフォン、もしくはある程度左右に距離を持って設置したスピーカーで試聴すると、より違いを把握しやすい。

「ステレオ感を感じ取れる環境だと、ケーブルによる左右感とセンター感の違いを感じやすいからです。このようにケーブルを試聴する際は、左右感とセンター感を意識して聴きます。例えば周波数帯域のどこに特徴があるのかも、センターの低域／中域／高域のどこの音が強いか、また左右に関しても同じことを意識します。センターと左右の低域／中域／高域を合わせて“100”としたら、これらの6つの要素のパーセンテージを振り分け方が、そのケーブルの特徴になります」

左右感とセンター感は曲のミックス・バランスによっても異なるが、一般的に左右はステレオの広がり、センターにはボーカルやスネア、キックといった楽器が配置されることが多い。左右／センターにおける低／中／高域という“6つの要素で100”という考え方は、ケーブルの構造や音質の違いを生む要因にもつながる。例えばセンターと左右の高域が40として、同じく中域が40なら、残りの20が低域。つまり中高域に特徴があって、低域はスッキリとした特性ということになる。

このようなケーブルによる聴感上の違いは、ケーブルに使われる素材を理解することも、ある程度ケーブルの特性を理解するうえで助けとなるだろう。導線によく使われる素材は銅、銀、金の3種類。一般的に、銅は太くて厚みがあるがレンジ感はそれほど広くない。金は銅のレンジ感に艶やかさを加味したもの、銀はピーク感がなくてサラっとした特性といわれる。もうひとつ知っておきたいのは被覆の重要性だ。なぜなら、音の信号は芯線のまわりを伝わっていく傾向があるため、被覆やシールドの素材は音にも影響する。これらは音の減衰感、つまりはアタック感に関係する。

三好氏は各ケーブルの周波数特性やスペックは、判断材料として大きなものではないと言う。むしろ「各ケーブルの特性を波形などで計測しても変わらない」とも言うが、確かに、ケーブルを替えた際、“聴感上”の違いを感じる。その理由は、伝達スピードの違いだと指摘する。「低域が強く聴こえるケーブルというのは、単純に低域を早く伝達させるために高域を少し遅らせているからです。これはDAWでキックとベースとスネアをまったく同じタイミングで鳴らすとして、どれかを1ms（ミリセカンド）早めるだけで音の印象がガラっと変わるのと同じです。つまりケーブルによる音の違いは、こういうものと捉えると分かりやすいと思います。これをさきほど説明した6つの要素で100というなかで、バランスを変えることで特性を作っている。これがケーブルの特性になるのです」

ここで重要なのは、品質の良いとされる高価なケーブルだからといって、“120にはならない”ということだ。三好氏が言うには、ケーブルは値段と音質は比例するかというと、高いもののほうが確実にハイファイになる傾向はあるという。「高価なケーブルほど低域はふっくらして高域も伸びます…ただ先ほど説明した100％のロジックを適用すると、どこかが出ていればほかの部分が凹むわけですから、この場合中域が凹む、つまりドンシャリになる。もちろんそうでないバランス感を持ったケーブルもあります」
　
こういったケーブルが持つ伝達スピードによる違いというのは、パワー・ケーブルのみならず、さまざまな種類のアナログ／デジタル・ケーブルにも、おおよそは当てはまると三好氏は言う。「大切なのはケーブルというのは善し悪しではなく、どのケーブルが自分にとって好みかということだけなんです。ですから、自分の好きなバランス感のケーブルを探せばよいでしょう。例えば中域の左右感が広がっているケーブルなら、パッドの鳴りが綺麗に広がるので、ビートの少ないアンビエントなどの音楽に合って聴こえますが、その分センターの低域の押し出し感が弱まるので、ヒップホップのような強いビートの音楽には向かない。このように、良い悪いではなく、作られたバランスによって一長一短があるということ。でも、プロデューサーなら作りたい音は方向性は決まっているので、このケーブルが自分に合っているか、判断しやすいはずです。例えば低域にパンチがある音を求めていたら、そういったケーブルが“最高だ！”ってなるように。それが本人にとっても良い選択になります」

音楽プロデューサーにとっては、自分の好みにあったケーブルを見つけるのが、正しい選択と言えるだろう。ケーブルが持つ特性を理解するためにはある程度のトライ＆エラーも時には必要だ。だが、出したい音が明確であれば、必ずや自分のスタイルにあったケーブルを見つけられるはずだ。ここからは3人の音楽プロデューサーに登場してもらい、自身の音楽を追究しながら、どうやってケーブルと向き合ってきたのかを検証していきたい。3人の記事のなかには、これまで書いてきたことを否定する意見も存在し、ケーブルへの考え方も三種三様であることが分かる。つまり、ケーブル選びは、音楽のスタイルや制作方法と同様に、必ずしも、正解はないのだ。

Ena

最初に興味をもったのはギター・ケーブルでした。ちょうどMonster Cableのようなエキサイターを通したようなキャラクターの強いケーブルが出てきたこともあって、いろんなケーブルをアンプにつないで試していました。その後、まわりで音楽を作っている仲間と、各々が使っているケーブルを持ち寄ってテストしたりもしました。スピーカーのケーブルを挿し比べてリスニングしたり、あとはケーブルを使ってレコーディングしてみて、音の違いを聴き比べたりとか。テストするときもある程度の人数もいれば、A/Bテスト（AとBを聴き比べるテスト方法）もしやすいし。CanareやBelden、Mogamiといった定番ものからOyaide、いろんなものをテストしました。オヤイデって所謂高級ケーブルと比較したらそんなに高くないので、手を出しやすかったってのもあります。2000年を過ぎたころから日本はオヤイデ電気がすこしづつ注目されるようになってきて、ちょっとしたケーブル・ブームだった気がします。

自分にとって基準になっているケーブルはBelden 8412とMogami 2534ですね。特に8412はギターを弾きはじめた頃からずっと使っているから、新しく導入したケーブルも、自然と8412と比較していたところはあると思います。でも、なぜ8412を使っていたかといったら、最初から音にピンときたというよりも、定番だから使い始めた部分が大きい。それにギター・ケーブルを選ぶ基準って、原音に忠実かよりも好みの音かどうかが強いですね。でも、ライン・ケーブルやスピーカー・ケーブルは好みよりもフラットさが重要視されることが多い。

電源ケーブルも一時はこだわっていました。以前は音楽制作にアナログのミキサーを使っていて、ミキサーの電源ケーブルを変えるとシステム全体の音のキャラクターがガラっと変わるんです。つまり、機材同士をつないでいるラインケーブルを全部変えるよりも、安いコストで効果が得られる。でも結局、今は機材に付属していた純正のケーブルに戻している。今は電源ケーブルに対して興味がないので、自分の情報は数年前でストップしているけど、当時の電源ケーブルって音が固くなったり、音がギラつく、いわゆるエキサイターをかけたような印象があった。素直な音というよりも色付けをした音。個人的にそういった傾向が好きじゃないから、使うのをやめました。

今の僕の音楽制作は基本的にはDAWをベースにしているので、こだわっているのはスピーカーと音を取り込むインプット部分。オーディオ・インターフェースとスピーカーを繋ぐケーブルはMogami 2534を使っている。Mogamiはフラットで味気無いとも言われますが、スピーカー・ケーブルは色付けがないものであるべきだと思う。このケーブルはモニターしたときに音の倍音感に対するレスポンスが…あえて言えば普通で、そこがいいと思っています。ただ、これは僕のスタジオ環境に合うケーブルがそれだったということ。僕が使っているモニタースピーカーは音楽的に楽しく聴けるタイプじゃないし、もしこれが別のスピーカーなら違うものがマッチするかもしれない。いろんなケーブルをテストして整えていけば、より制作しやすい環境が得られると思う。
　

結果、僕が言えるのはケーブルで確かに音は変わること、それと基本的に価格の高いケーブルになるほど、音が派手になっていく傾向があると思っています。一般的にはそれが“今まで聴こえなかったものが聴こえる”とか、“音の解像度があがった”と感じるのかもしれない。でも、それがいいか悪いかは別の話だと思っていて。例えば僕がケーブルに重視する原音に忠実かどうか、音の奥行きが見えるかどうかって、先述したような派手で分かりやすい傾向のものではないと思っています。これまで試していた比較的高価なケーブルを一本も使っていないことからも、自分にとってはそれらの音がピンとこなかったからなんだと思う。

もちろん高級なケーブルを否定するつもりはないですが、重要なのはそれぞれのケーブルの特性を知ったうえで使うこと。例えばDAWからアナログのアウトボードに接続したときに、ケーブルで質感を加えるとか、そういう使い方は良いと思います。ギターだったらケーブルで音を作り込むこともできるし。でも、特性を理解せずに、やみくもにケーブルを高級なものにするのは、あまり良い結果は得られない。どのケーブルが自分に合うかは環境や自分の好みに合わせて試してみるしかないですし、音が好きな人なら楽しい行為だと思う。それに音楽制作者ならケーブルを替えることで、聴き分ける力を養うこともできます。日常的にする必要はないですが、たまにケーブルを替えてその違いを聴きとったりするだけでも耳は徐々に鍛えられるし、より細かいニュアンスに気づけるようになる。そういう意味でもケーブルを替えるメリットはあると思いますね。

Stereociti

僕は曲を作るよりも前に、エンジニアリングに興味があったので、ケーブルのことは最初の頃から気にしていました。もちろんレコーディング・スタジオやマスタリング・スタジオにあるような高価なケーブルは買えないから、手軽に買える範囲でまともなものを選んでいきました。そういったケーブル選びで大事なのは、ノイズがどれだけ少ないかってこと。自分のなかでその基準を満たしたレベルのものを選ぶのがベストだと思って、MogamiやBeldenといった定番のケーブル、いろんな種類のプラグを買ってハンダ付けをして、音の違いを試しました。
　
例えばバランスがいいのか、アンバランスがいいのかも繋ぐ機器によって変わってくるから、自分の機材システムが変わるたびに試していました。ケーブルの構成も四芯がいいのか二芯のがいいとか、もしくは単線がいいのかとか。あとはビンテージのケーブルにこだわったときもあって、例えばエレキギターの内部配線などに使われている導線を使ってみたり、あとはハンダの種類による違いも試したりもしました。でも、いろいろと試した結果、どれでもいいかなって思うようになりました。

なぜかと言うと、ケーブルが原音にいかに忠実であるかっていうのは、エンジニアの範疇の話なんです。例えば、正確なミキシングやマスタリングができる環境には、当然、高級なケーブルはもちろん、ハイエンドなオーディオ・インターフェースやモニター・スピーカーを導入する資金が必要になるし、それくらいお金をかけないとそのレベルにはならない。ハイエンドなケーブルは原音に忠実なものもあるし、高級な素材を使ったなりの特徴があるモデルもあることは分かっている。でも、そういった音が良いとされるケーブルって、2mで20万みたいなことになるから、その領域のことはエンジニアにやってもらえばよいわけで。そういったところを目指さないのなら、単純にノイズに関して自分の基準を満たしていれば、何でもいいというのが僕の考え方です。もちろん手頃な価格帯のケーブルも種類によって音が固いとか柔らかいという傾向はあるから、人それぞれの好みも関係してきます。

僕が普段から使っているケーブルはGotham、Mogami 2534、Belden 8412です。Gothamは僕にとっては一番素直に感じるし、ノイズも少ない。Mogamiはクリアだけどちょっと固くてシャープ、Beldenはパワー感があります。でも、この機材のセクションはこういう音にしたいから、このケーブルを使うっていうことはしていません。ケーブルで僕が重視するのは低ノイズであること。エレクトロニック・ミュージックの場合、ノイズもその人の個性になることもありますが、S/N比が悪いケーブルが生み出すノイズが、最終的にいい方向にいくことは、僕の経験上ほとんどないです。だからスタジオではできるだけノイズが乗らないように、シールドをアルミテープを巻いてシールディングをしたりもしている。

最近はDAW内でミックスまでやることが多いから、僕が音楽制作で重要視しているのはオーディオ・インターフェースとスピーカーをつなぐケーブルと、レコードをリッピングするときのケーブルで、これらはPhononのGreat Wave Cableを使っています。このケーブルは絶縁体にゴムを使っていないので、音が開放的になります。

ただ、やみくもにいいケーブルを使うのではなくて音の入り口と出口などといった、要所を押さえて信頼性の高いものを使うといいと思います。自分である程度ミキシングもしたい人なら、オーディオ・インターフェースとスピーカーをつなぐケーブルは大事ですね。モニタリング環境を整えると、制作した音やケーブルによる音の差も把握しやすくなります。でも、それにはある程度、部屋のアコースティック環境を整える必要もあって、これもこだわりだすときりがないから、僕はIK Multimedia ARC System 2というソフトウェアで音場補正をしています。あと、個人的に気にしているのはデジタル・ケーブル。これはアナログ・ケーブルよりもシビアな印象があって、例えばUSBケーブルもある程度信頼性があるもののほうが音も良いです。

電源ケーブルは変えるだけでその特徴が出ます。でも、電源ケーブルや電源タップの本領を発揮するには、まず電気そのものが綺麗じゃないと意味がない。コンディショナーを入れたり、僕はジェネレーターを使って電気を作っていました。今、住んでいるベルリンの電源はパワーがあるけど荒くて、その感じがけっこう好きですね。今は100Vと240Vを使い分けていますが、100Vは変圧器をかけてそこそこ質の良いグレードの電源タップを通しています。タップはできるだけ質量が重いものがよいのですが、これは材質と音の関係性によります。例えばスピーカーやアンプの上に鉛を載せると音が締まるように、ゴム製のインシュレーターの上にスピーカーを載せればゴムっぽい響きになる。木の鳴りが好きなら木の上にスピーカーをおけばいい。そういった知識も、ケーブル選びのためにある程度知っておくと良いと思います。

シンセやエフェクターなどのインストゥルメント類をつなぐケーブルは特徴があっていいと思うので、自分の好きなものを使ったらいいと思う。ただ、エンジニアリング的な要素の入った部分、例えばモニタリングとか音の取り込みに関わるケーブルは、ある程度の品質にこだわったほうがいいですね。ケーブルは低ノイズであることはもちろんですが、素材によって値段も比例します。なので、自分でできる範囲内でいろんなケーブルを試してほしい。そうやって好きな音を見つけるのは楽しいことだと思います。

ケーブルは自分で試して良いなと思ったものを使えばいいですが、安くて質の悪いケーブルはオススメはしません。そういうものはだいたいフニャフニャしていて、音もそんな感じで、すぐに断線してしまうものが多い。ですからCanareでもいいし、最初から最低限のクオリティがあるケーブルを選んだほうがいいと思います。そのほうが悪い音を知らないで済むし、本当はこれくらいの音が出るのに、それを知らないのはもったいないと思います。今、ベルリンを拠点にしていて、炭谷電線っていうケーブル・ビジネスをやろうと思ったのも、それがきっかけだったりします。ベルリンはエンジニアだったり、スタジオを運営しているような人はケーブルにこだわっているけど、基本的にケーブルの値段が高いので、音楽制作者はケーブルに目がいっていない。そこで僕が日本製で品質の良いケーブルを輸入し、ハンダ付けして提供すれば、もっと安くいいものが手に入る。そうやって音楽を制作する環境レベルが少しでも上がったらいいなと思っています。

Rashad Becker

ケーブルはどこか謎に包まれた部分があるんだ。ケーブルを使うたいていのユーザーは、ケーブルの良し悪しなんて判断できないくせに、大きな期待や願望を込めて使う。彼らは誰か、あるいは何か、何らかのブランドに頼りたがる。ケーブルは自信を持って選ぶことが難しいものなんだ。そういう意味で、ケーブルは大量消費社会のジレンマを象徴していると言える。

私はこれまで長いこと、幅広い形でケーブルを扱ってきた。ハイエンドのケーブルから…これまで購入したケーブルを合わせたらいったい何メートルに及ぶのか、想像すらつかないよ。ケーブルのテストもたくさん見てきた。たいがいは非科学的だと思うけどね、ありえない程に。音というものは、自分の美意識に大きく左右されるし、精神的かつ経験論的バイアスがかかっているものであるため、たとえば実験で使われたケーブルのAとBを切り替えるスイッチが偽物だったとしても、スイッチングに心理的な影響を受けて、音が違って聞こえる可能性が十分ある。尊敬している人が行ったケーブル・テストであっても、「何やってんだよ！」って思わざるをえないものがあったよ。マスタリング・エンジニアという仕事をしているから、これまで20年間、1週間に40時間はオーディオ信号のA/Bテストをやり続けているけど、そのおかげで、耳がどれだけ簡単に騙されてしまうかを熟知している。スイッチングのあと、少し「チクチク」って聴こえるだけで、もう正しい判断がつかなくなってしまうということはよくあることなんだ。

自分が理解している範囲での科学に基づいた実験として、私がやったテストは、名前は言わないがとあるブランドのハイエンド・ケーブルを1メートル、6メートル、15メートルの長さで用意して、AD/DAコンバーターのインプットとアウトプットに繋ぎ、同じ信号を5回ずつ送った。それから、それぞれの信号を逆位相にして重ね合わせた。すると、音が打ち消し合って無音になった。

つまり科学的観点でいうと、信号は全て同じと言える。この結果を見て私は、「ケーブルの長さなんてどうでもいい」とは思わず、「それほど気にする必要はない」と感じたんだ。何しろ、なにか心配するべきことがあったとしたら、きっと何かしら結果に現れただろう。基になっている物理学は理解している。でも何かあったとしても、最終的な音楽作品を台無しにする、ということはないだろう。ケーブルの比較のために基準を作ろうとしている人たちの気持ちもわかるけど、多くの人々の日常的な音楽の聴き方を考えると、ケーブルにそこまでこだわる必要はないと思うんだ。もちろん、粗悪なケーブルを使っていたら、レコーディングしたときにノイズが入ってしまったりするだろうけど。

もしわざと質の低い機材を使うなら、それは意図的な使用であることが聴いたときにわかるようにするべきだと思う。それを聴いた人に、「わざとこういう音質にしているんだ」って思わせないと。気にするべきことはそこだと思う。個人的には、音の鳴りが良いからその音楽が好き、って思ったことは一度もない。同時に、鳴りがひどいからその音楽は嫌い、なんて思ったこともないんだ。

ケーブルに悩まされているミュージシャンが多いのは知っている。でも、ミュージシャンなんだからケーブルの専門知識がなくても問題はない。ミュージシャンは音楽を作ることに長けていればいいんだ。長いケーブルには特性インピーダンスが介在する。俺はその物理学的な理論を理解しているけど、ミュージシャンがそれについて詳しくならないといけないとは思わない。だからケーブルとの向き合い方としてしっくりくるのは、誰かを信用して、その誰かが薦めたケーブルを使用すること。しかし結局、それでも悩みは解消されなかったり、満足できなかったりするんだけどね。

さっきも言ったけど、ハイエンドと呼ばれるケーブルと安いブランドのケーブルに対して、何かしらの違いがあるという感覚は全く信用していないんだ。それに、ひとつひとつケーブルを比較するようなこともしてこなかった。そんなことに時間を使いたくないんだ。最初に言った通り、私はケーブルが嫌いだ。だから何週間もかけてケーブルを研究するようなことはごめんだ。でも実際、スタジオではなかなかハイエンドなケーブルを使用しているし、最近ステージでモジュラー・シンセを使うようになって、パッチのために結構ハイエンドなものを使っている。自分で作ったんだ。そこまでお金がかかるわけではないし、結局は安心したい。というよりも、問題は安いケーブルには粗悪なものが多いということだ。もし、一回でもヘンな巻き方をすると、もう直ってくれない。だからそれよりは、10年は持つような高級ケーブルを使いたいって考えているんだ。

ひとつ、重要なことを言い忘れていた。ケーブルの長さがあまり重要じゃないというのは、もちろんバランス信号の場合は、という意味だ。もしアンバランスなら、ケーブルの長さに大きく左右される。そして、レベルにも依存する。アンバランスの楽器レベルなら、ケーブルは短ければ短いほど良い。もしバランスのスタジオ・レベル、+4 dBuだとしたら、ケーブルの長さはさほど気にする必要はないと思う。

あと、ケーブルを扱う上で気をつけないといけないことを簡単に話すと、ミュージシャンとしては、おそらくアンバランス・ケーブルを扱うことのほうが多い。その場合、可能な限り電源ケーブルは信号から遠ざけ、なるべく全ての電力が同じ回路にあるようにすること。それは大きな違いを生む。信号が通っているときはケーブルを巻いたままの状態にしないこと。じゃないと、アンテナみたいになってしまう。ずっと繋げておくケーブルなら端子が金メッキのものを使うこと。そしてたまにケーブルを抜いて、また入れるといったことをしたほうがいい。接続部分を綺麗に保つためにね。あ、あと絶対にケーブルの上を踏んづけたりしないこと。上に箱を置いたり、スーツケースを転がしたりということは絶対にしてはだめだ。

一般的に、デジタル・ケーブルであれば長さに関してシビアに考えるべきだろう。特にRCA信号を通すなら長さは極めて重要だ。可能な限り短いほうがいいし、ハイエンド・ケーブルを使ったほうが良い結果が得られる。アナログのバランス信号なら、長さはそこまで気にしなくて大丈夫だ。データ・ケーブルに関しては、バイナリ・データを扱うから、使えるか使えないかの2択しかない。例えばUSBケーブルなら、1.5メートルで伝送できるデータが、1.7メートルでは無理かもしれない。だから長さは、使えるか使えないかという点以外では重要ではない。

電源ケーブルは…考えたくもないことだ。自分で考えたくないから、誰かに電話して聞きたいぐらいだ。こんなことに意識を向けたくない。音楽の質を追究したいなら、そんなことを気にする必要はない。そして、音質というものは、必ずしも忠実な音を指しているわけではない。重要なのは、音の正確さよりも意図した音づくりだ。最近、多くのミュージシャンがプロ意識を強く持ちすぎているため、全てにおいてプロ・クオリティではないといけないのだと信じ込んでしまっていて、そもそも音楽を作り始めた根本的な理由を忘れてしまっていることがある。だから俺の個人的な意見としては、音の忠実な再現にこだわるのは、音楽でやりたいことをある程度やり尽くして、制作手段など全てが完全に自分でコントロールできるレベルに達していて、かつ時間があって暇なときに「ここを改善できるかも」って思い至ったとき、初めて着手しても遅くないと思うんだ。でもそういった追究に夢中になりすぎるのはオススメできない。超プロ・レベルの音質が実現できて、初めて音楽を作ることができる、と思ってしまっている人が結構いるんだが、それはおかしな考え方だと思うんだ。

スピーカーのケーブルとなると、これは全くの別モノだ。そしてマイクのケーブルだって、また違ってくる。しかし、こういったことってスタジオ環境における問題点であって、音楽そのものとは関係ないことだと思う。俺にとっては、その違いをはっきりさせることは重要なんだ。こういったことはミュージシャンが頭を抱えるべきことではないと思っている。ミュージシャンは、スタジオを信じることができるのが一番良い。

マスタリング・エンジニアとしては、また話が違ってくる。依頼してくれた人の信頼に答える責任があるから、もし例え違いがわからなくても、手が出せる価格帯の最もハイエンドなケーブルを一応マスタリング・スタジオで使っているんだ。もっとハイエンドなものを使用することだってできるが、そうなると俺が赤字になるからね。今使ってるケーブルはそこそこ良いものだと思うんだが、それは人の信頼を得たいからであって、そうじゃないといけないと思っているからではないんだ。

ケーブルに関する俺の気持ちは、「よく理解できない」と、「何かに頼りたい」だね。だから一般的に正しいとされている考え方に従うし、ケーブルに詳しいと感じる人の意見を参考にする。スタジオでは、無理のない範囲で、俺が一番良いと思ったケーブルを使っている。