2019年8月のある晴れた午後、PowderことMomoko Gotoは、ドイツのオルガニッツ・バンガロー村で開催されたフェスティバルNachtdigitalのファイナル・エディションでプレイしていた。彼女がブースに立つと、ダンサーたちは湖で涼んだり、燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びたり、一晩中パーティーを楽しんだ後でも元気な様子だった。Gotoは、心が溶けるようなリズムと優美なヴォーカル、その他多くの要素を巧みに操り、このぼんやりとした光景に完璧なサウンドトラックを提供してくれた。

Powderとして知られるGotoと話していると、彼女がダンサーたちのために作る体験をどれだけ大切にしているかがすぐに分かる。ギグの前には、街を歩き回ってフィーリングを掴むことが多いという。また、セットの前には必ずダンスフロアで時間を過ごし、ダンサーの視点から音楽がどのように感じられるかを確認する。時には、ダンスフロアの雰囲気を分析した後に、クラブからホテルに戻って選曲し直すこともある。GotoのDJを見たことがある人なら、その話を聞いても驚かないかもしれない。彼女の絶妙なスタイルは、グルーヴとメロディーを巧みに操り、ダンサーが欲する感情を呼び起こす。

彼女がシーンで最初に頭角を表したのは、わずか5、6年前のことだ。今では彼女はシーンで最も愛され、尊敬されるDJの一人となった。僕たちはこの数ヶ月間でメールをやりとりし、彼女の成長、ツアーと9時5時の仕事の間にある類似点、そして彼女のDJ哲学について話した。

まずは『Powder In Space』の話から始めましょう。あの作品は、ここ数年間の僕のフェイバリットミックスの一つです。リリースのきっかけと、制作のクリエイティブプロセスについて聞かせていただけますか？

いつだったか、Tim（Sweeney）が始めようとしているBeats In Spaceの新しいミックスシリーズの第1弾をやってみないかと声をかけてくれました。私にとってはラジオ局の20周年をお祝いする方法でもありました。ツアーの合間に日本に戻ってきた時に、2週間でオリジナルの2曲を制作して、ありがたいことにライセンスの手続きはスムーズに進んだので、ツアー中に全てラップトップでミックスしました。こんな風にミックスを作るのは珍しいのですが、ラップトップを使った作業を説明するのはあまり面白くないかもしれません…（笑）。

ツアー中様々なロケーションで、様々な姿勢になって何度も聴きました。特に横になって聴ける場所を探しました。空港のベンチとか芝生とか…。違う曲順や音量で試してみて、しっくりくるまで調整しました。

『Powder In Space』以降にリリースされたあなたのミックスの多くはライブレコーディングであることに気がつきました。それは意識的なものだっだのでしょうか？それとも自然な変化？

昔はDJミックスといえばライブレコーディングだったと思うのですが、今はコンピューターやアプリでもミックスできるようになったので、逆行しているような感じがします。ダンスフロアでの不思議な体験を再現するトリックのような感じで、ライン録音だけではなく、自分のTascamのレコーダーでエアー録音したものをミックスして提供することもあります。これには、フロアから聞こえてくる自分のセット、集まっている人の声など、周囲の様々な音が含まれています。

DJを始めた頃はどうでしたか？

私がDJを始めた頃は、自分の部屋で一発録りをしてCD-Rに録音したものを車で移動中のBGMとして聴いていました。でも、東京に引っ越してからは、私の部屋は狭くて隣との距離が近かったので、音漏れしないように自然と、ヘッドフォンを使ってAbleton Liveでミックスを作るようになりました。東京では車を持っていませんでしたが、その頃にはスマートフォンを持っていたので、ミックスをSoundCloudにアップロードして通勤中のBGMとして聴き返すことができました。ツアーを始めてからは常に移動していたので、デスクトップで同じようにミックスを作り続けていました。その時の少し遊牧民的なライフスタイルに、ちょうど合っていました。

でも、最近はDJの仕事がコンピューターに置き換えられているような感じがするので、意図的に自分のライブレコーディングを残すようになりました。技術的には昔と同じことをしているのですが、私の故郷のベッドルームから会場に場所が変わっただけで、新しさを感じてもらえるのは面白いですね。同時に、いつ、どこで、どのように、誰に向けてプレイしたのかという情報がないまま、インターネット上で自分のライブレコーディングを見るのは少し変な感じがします。そのミックスの内容とか、もっと楽しめるような文脈とか、ちょっとしたメモが添えてあるといいですね。大規模なフェスティバルで楽しんだ曲が、ローカルの小さなクラブや家でも、同じように効果を発揮するとは限らないですよね。

これに関係して『remotejoint』というのを始めたのですが、これは誰にでも参加してもらえるミックスシリーズで、特定のシチュエーションに合わせたミックスを作る練習になると思います。

Powder · Passing it clockwise (0:00 - 5ive & Powder)

何がきっかけでダンスミュージックにハマり、パーティーに行くようになったんですか？

10代の頃は、郊外の雑居ビルにあるレンタルスペースを訪れていて、そこではローカルのバンドやDJが好きな音楽をプレイしたり共有したりしていました。ダンスミュージックを聴き始めたのは、佐世保の小さなクラブに行くようになってからです。多くのDJやお客さんが港で働いていたので、輸入されたダンスミュージックが自然と入ってくる環境だったと思います。

レコードのミックスはどうやって覚えましたか？

私は地元の色々なDJがクラブで配っていた“ミックスCD”を聴いていました。当時はDJが自分を売り込むためにミックスを配る習慣があって、私の車のダッシュボードの上には、いつもCD-Rが山積みになっていました。どのようにミックスしているのか耳で拾って、どんな曲でもビートを数えてクロスフェーダーでカットインする練習から始めました。自分の家では大きな音量で音楽を流せないので、車の中で聴いて頭の中でイメージを作って、それを家で思い出しながら練習しました。私が今動き回りながら作業しているのと、少し似ています。

ステイ先で静かに作業することが多くて、つまらないホテルの部屋で音楽を再生して、作業するのはちょっと勇気がいるので、脳が動き出すようにイヤホンをして外に歩きに行きます。いいスペースを見つけたら横になって何かを聴いて、雲の動く様子を見ます。周囲の音や遠くにいる人の気配が混ざり合うように、小さな音量で音楽を聴くのも好きです。

話が逸れてしまいましたが… 70分間ぐらい失敗せずにミックスできるようになったらCD-Rに録音して、自分の“ミックスCD”を配りました。そしたら、あるクラブのオーナーがたまたま聴いてくれて、同じビルにあるメキシカン・バーで、月に一度プレイしてみないかと声をかけてくれました。

それが全ての始まりということでしょうか。

今思えばそうですね。自分でフライヤーを作って、当時働いていたレンタルCD屋さんに置いていたので、“夜勤の人”を興味本位で見に来る人とか、地下のクラブから息抜きに来る人に向けて、音楽を流していました。

DJを仕事にしようと思ったのはいつ頃でしたか？

DJが職になるとは想像もしていませんでした。海外でプレイするように頼まれるようになって徐々に会社勤めとツアーの両立ができなくなってきてからも、リモートで経理の仕事をしていました。いつだったか、自分のやっていることが報酬に反映されていると実感して責任を感じて、DJとしてふさわしい仕事をしようと自覚しました。相変わらず周りの人に助けてもらって、今のところなんとかなっています。

音楽のキャリアをスタートするきっかけとなったリリースやギグはありましたか？

特に思いつくギグはないのですが、前にどこかでプレイしているのを聴いた人が、声をかけてくれることが多いです。

今お気に入りのDJセットアップは何ですか？

まだ究極のセットアップは見つかっていませんが…。今は家ではTechnicsのターンテーブルとVestax PMC-06を使用しています。ツアー中はレコードを選曲するために家に帰ることができないので、クラブではCDJを使っています。プレイ前にクラブの機材オプションを聞いて使ってみたいものを選びます。各会場のサウンドエンジニアの意見を信用して、おすすめされたものをお願いすることが多いです。

自宅でのVestax PMC-06とターンテーブルのセットアップと、クラブでよくある機材を比べるとどうですか？

家では使い慣れた機材を使っていて、PMC-06を通した音を楽しんでいます。最新の機材のことはよく知らないのですが、会場で色々な機材を試しにいじってみるのも楽しいです。

ツアー中は機材を使った練習はちょっと難しいですが、いつも違う場所でプレイするとセッティングが常に変わるので、一つのセッティングに慣れすぎる必要はないように感じます…。

常に環境が変わり、違うセットアップが準備されているとなると、それに応じてテクニックやプレイする音楽を変えたりしなければならないのでは？

普段、ラジカセ、チープなイヤホン、レンタカーのオーディオなど、身近なあらゆるデバイスで音楽を聴くようにしています。これはどんな環境にもマッチする“魔法の曲”を探しているという意味ではなくて、それぞれの曲が違うセッティングでどのように感じるのか知るのが、楽しいということです。ダンスフロアでどのように鳴るのか想像しながら、音が聞こえる最小の音量で聴いてみたりして参考にします。

サウンドエンジニアとコミュニケーションが取れる時は、セット全体の音量の振り幅を伝えます。システムにコンプがかかりすぎていたり、リミッターで強く制御されていたりすると、音楽のダイナミズムが失われて、自分ができることが制限されてしまうことがあります。その場合は“Funktion One”というバックアップフォルダの中の音楽を使って、違う方法でセットを調整します。

ラッキーなことに僕は2019年のNachtdigital Mintで、Lake Stageでのあなたのデイタイムセットを聴くことができたんです。晴れた美しい日の野外で、湖の浅瀬やウッドデッキにダンサーたちがいて。あの時に戻りたいです。

そうそう、雲の間から太陽が出てきてArthur Russellの“Let's Go Swimming”をプレイしたら、ダンサーたちが裸になって泳ぎ出しました！

ああいう、夏のフェスティバルでしか起こり得ない、不思議で素晴らしいシナリオが好きなんでしょうね。世界各地のクラブで未明の時間帯にプレイするのとはかなり違う環境ですよね。異なるシチュエーション、特にフェスティバルとクラブでは、どうやってスタイルを変えていますか？

クラブセットの場合は、できればその日よりも前に現地入りします。歩き回って街のフィーリングを覚えておきたいです。フェスティバルの時は、空港から会場に直行することが多いですが、イベントのムードを演出するために、セットの前に会場内を歩いたりダンスをしたりします。どこにいてもそこで感じたことを元にDJセットを構成します。

でも、一旦ブースに入ってからは頭をスッキリさせます。プレイ中は自分が聴く音をダンスフロアで聴いて感じるものに翻訳するので、オーディオビジュアライザーを操作しているような感じです。皆に聞こえる音を聴きたいので、ダンスフロアで準備することが必須です。

ムードを感じるために、セット前にダンスフロアで時間を過ごすと？

はい。プレイ中はヘッドフォンとモニタースピーカーでしか音を聴くことができないので、それぞれのダンスフロアでどのように音が鳴って、どのように感じるのか、自分の体にインプットさせておくことがとても重要です。私はプレイスタイルが決まっているわけではないのですが、そこにいる人たちのフィーリングや、そのスペースの雰囲気から、何をプレイするのかインスピレーションが湧いてきます。ダンサーの動きや、人の話し声の音色やリズムからヒントを得て、選曲し直すために宿に戻ることもあります。

新しい音楽はどうやって探していますか？

以前は気になった音楽はもちろん、SoundCloudでDJミックスを聴いていました。それらの曲に関連するリリースをさらに調べて、新しいものを見つけるのもいいですね。最近は気が向いた時にレコード屋さんやリサイクルショップに行ったり、Bandcampで一通り聴いてみたりします。私が音楽を探す方法は他にもたくさんありますが、友人が共有してくれた時には、それがずっと記憶に残るものだと実感しています。

結構昔に5iveがDeee-Liteの”How Do You Say ... Love”のレコードをくれて、それからSonic WeaponがDeee-Liteの”Good Beat”のレコードをくれたのですが、二人とも「モコっぽいから！」と言っていて、どちらもお目当てはPal Joeyのリミックスでした（笑）。それまでは聴かずにいたのですが…。自分で探し回ることもなく、新しい自分の一面を発見するのも面白いですよね。

友達と音楽をシェアするのは、自分では知る由もなかった新しいサウンドやアーティストに出会うのに最高の方法ですよね。例えばカラフルなアートワークとか、特定のレーベルとか、それかレコードショップのスタッフにおすすめを聞いたりとか、新しい音楽をディグする時のこれといった方法はありますか？

そういった要素はあまり気にしません。その音楽が皆によく知られているか、誰にも知られていないかということに注目しないし、音楽に関するラベリングされた情報についてあまり知らない方がいいです。でも、情報と完全に切り離すことが難しいのも理解しています。

ではどうやって新しい音楽を見つけるかというと、新しいものを受け入れる感覚を保つことを意識しつつ、その日にふと思いついたことからインスピレーションを得て、自分の想像を分岐させながら、オンラインで聴いたことのないものと、自分のアーカイブの両方を探します。

先日あなたのRA.700のミックスを聴き返したんですけど、序盤で“Planet Be”のHashman Deejayリミックスを使っていますよね。でもあれは少なくとも正式にリリースされる1年前でした。ツアーが、レーベルからリリースする可能性のあるトラックをテストプレイする機会になっているのでしょうか？

時折ダンスフロアでそのリミックスを聴きたいと感じたので、レコードを持っていたらいいと思いました。彼にその曲のリミックスを依頼したわけでもなく、トラックのステムを渡したわけでもないのですが、ある日「Planet 909」という件名とともにメールで送られてきました。多分、クリスマスプレゼントだったかもかもしれません…。謎のままです。

自分から探しに行くのも好きですが、偶然手元に流れてくるものをランダムに拾っていくのも楽しんでいます。ちょうどいい場所にいることで、このような流れが続くといいですね。

RA.700の終盤ではにせんねんもんだいの“B-1 (You Ishihara Mix)”から高まっていき、その後急にCaptain Mustardの“Quiet Move (Special Dance Mix)”に切り替わりますが、あれは見事なDJです。フロアの音楽に強弱をつけるタイミングは、どうやって判断していますか？

それは状況によります。早い時間や明るい場所では、音量に気をつけて、静かに会話できるような音楽から始めます。もちろん、その夜の間に少しずつ音量を上げていくのですが、まだお喋りに夢中になっている人を見かけたら、ダンスしたくなるような音楽に変えていきます。でも、はち切れんばかりのダンスフロアのエネルギーに圧倒されてしまうとセットとムードに影響が出てしまうこともあるので、微妙に感情を誘導してみます。

このミックス（RA.700）をヘッドフォンで聴くと、音の強さや激しさが変化しているポイントがあるように感じるかもしれません。でも、ダンスフロアでは音の奥行きのバランスが変わっているように聴こえます。人によってどのように聞こえるのか知ることはできないので、身体の動きを見て、どのように感じているのか観察します。

自分がかけた音楽に対するクラウドの反応によって、自分の考えを補強したり、変えたりすることはありますか？

私の音楽の経験は、無意識のうちによくわからない何かに引き寄せられて、少しずつ理解するうちに、自分に欠けているものとか、自分の本当に好きなものを実感するという、継続的なプロセスです。でも、まだわからないことだらけで…。私が音楽を通して一つの話題について議論することはないですが、人によって別の意見を持っていることに興味があります。私は音楽的な考えや意見よりも前に、まずは視覚的な形態や、感覚的なものとしてアイデアが湧いてきます...。わかりやすく言えば、頭の中にイメージを得て、それから自分らしくないものを差し引きます。ブロックからイメージを彫刻して、その瞬間に自分が表現できることを提示するような感じです。足し算よりも引き算で自分自身を見つめています。

ツアー中にオーディエンスの皆と音楽的な関係を築いたり、皆をハッピーにしたりしなければならないという感覚にうんざりしてしまって、徐々にその考えが強くなっていったのですが、自分が徐々に消えて無くなるような感じがして苦しかったんですよね。

数百、数千人のダンサーが望んでいることを考えすぎると、本当にやられてしまうでしょうね。そういう感情は、楽曲を制作している時と比較するとどうですか？

さっき言ったように、人がどのように音楽を感じるか考えるのは好きですが、DJをする時よりも音楽を作る時の方が、人のマインドについて考えることからは解放されて、リスナーの心を想像してみます。

DJをする時やダンスフロアを意識した音楽を作る時は、体とセクシュアリティを含んだ“ダンサー”の感覚が加わるので、少しややこしくなります。ダンサーのことを考えると、ダンスフロアで様々な体形が動くのに注目していて、ダンスをすることで個々のセクシュアリティが不安定になっていくのを見るのは楽しいです。その人に合ったバランスを求めてフィーリングの波が行ったり来たりするような感じです。私自身も同じで、多様なセクシュアリティが不安定に流動するエネルギーを自然と、DJとして使っています。自分に性的な要素が欠けているように感じることもありますが、それも自分のバランスとして捉えています。

ヴァイブを変えたり、ミックスに変わりネタを投下することで、ダンサーたちがいなくなると心配したことはありませんか？

ダンサーがいなくなることは、そんなに心配していません。皆に長い夜を楽しんでもらいたいので、同じレベルに留まらないセットの方が自然だし、その方が楽しいです。ムードが変わると引いてしまう人もいるかもしれませんが、水分補給の便利なサインにもなるかもしれないですね。

ダンスフロアの変化を通して時間の流れに目を向けると、少しの間寂しくなる時がありますが、その後は時間の進み方が前よりもずっと遅くなったように感じます。この時間が曲がるような感覚を皆といつも共有したいのですが、私が終了時間を意識しすぎるとだいたいうまくいかないので、あまり時計を見ないようにしています。

私はダンスフロアの時間を、太陽の動きを見るみたいに見ています。ツアー中に原始的な感覚で食事や睡眠のスケジュールを変えて、体内時計を調整している時も同じような感覚です。最初はツアー中疲れすぎないように、エネルギー消費をコントロールしようとして始めたのですが、音や光にとても敏感になるのが面白いです。太陽が普通の生活に引き戻そうとする感じです…。

2018年にNowadaysでプレイした時のレビューを読んだんですが、あなたがどれだけ巧みにジャンル間を横断するかが書かれていました。それは自然にできていることなのか、あるいは時間をかけて学んだことなのでしょうか？

私はいつもリスニング用のレコードを優先していて、DJのために作られたレコードを用意してきたわけではありません。今の自分の様々な音楽をミックスするスタイルは、限られたレコードを寄せ集めてセットを組んでみたことから始まっていて、意図的ではないんです。なんともいえないスタイルのおかげで、ありがたいことにあらゆるパーティーでプレイするようになり、DJとして様々な経験をすることができました。しかし、次から次に違うジャンルの音楽をプレイすることにフォーカスするだけでは、性質が合わない音楽の違和感を増幅させてしまうことになりかねません。サウンドシステムが大きくなればなるほど、より顕著になります。

ある種のサウンドシステムに適した、似たような曲をプレイしていた頃もありましたが、すぐに喜びを感じなくなってしまいました。試行錯誤を重ねて、徐々に音と空間の関係を理解して、丁寧にミックスするようになってからは、精度が上がっていきました。今は自分の手を使って、性質が違う音楽をミックスするのが面白いです。慣れてくると、作られた場所や年代が違う音楽の間にも、繋がりが見えるようになってきます。もちろん、その瞬間にフィットすると感じるものをミックスする時もあります。

私はミキサーのイコライジングの調整を丁寧に行うことで、様々なタイプの音楽をミックスしています。以前は少し後のことを考えながらやっていましたが、ミックスに時間をかけるようになってからは、その瞬間に聞こえるものにもっとフォーカスするようになりました。

フロアのエネルギーをコントロールするためにはどのようにEQを使っていますか？

イコライジングを使って、曲をいくつかのレイヤーに分けて抜き差しするような感覚でミックスしていた頃もありましたが、自分でトラックを作るようになってからは、トラックのステムのラインが重なっている感じとか、左から右に向かう波形の感じとか、画面上でのトラックの見え方に慣れすぎてしまいました。セットの中でもトラックを画面で見ているような感覚が邪魔になり始めたので、目を閉じてそこにある音にフォーカスする方法に変えました。

言葉で説明するには少し抽象的ですが、今は音の空間が別の空間に変化していく中で、空気中の音のドットとポイントが思いがけない形で繋がっていくようなイメージでミックスしています。部屋の空気を調整するような感じかもしれません。セット全体の空間が形を変えていくので、イコライジングを使って、不安定な雰囲気のバランスを取っています。なので、レコードを繋いでいない時も常にイコライジングを調整しています。例えば、このアイデアを使って、クローズドなクラブの中にオープンエア的なスペースを再現したり、既存の大きなスペースの中に小さな空間を組み込んだりするのを楽しんでいます。

あなたの作品「H」は、ベルリンのパーティーCocktail d'Amoreでの体験にインスパイアされたそうですね。別次元の繋がりのように感じますが、Cocktail d'Amoreがあなたにとってそれほど特別な理由は何なのでしょう？

初めて彼らのパーティーに遊びに行ったのは、2015年の夏でした。Mascarasがその日のクロージングセットをプレイしていて、Griessmühleの絶妙な音響と照明のタッチが印象的でした。翌年私はしばらく休んでいたDJを再開することになりましたが、初めてのツアーの最初のギグがCocktail d’Amoreでした。全く認知度がない私に、クロージング前の4時間をプレイさせたのには驚きましたが、彼らにはとても感謝しています。

醜いものの中から可愛いものを見つけ出す、彼らのやり方にもとても共感しています。そこにソーセージのような繋がりがあるとしたら、私もホットドッグの中のザワークラウトみたいに彼らのパーティーに繋がって、フィットしています。彼らのパーティーはとてもシュールで、今思えば、たくさんのおバカな話や、目が覚めるような出会いがあったことを思い出しますが…。そっとしておいてください（笑）。

東京での一人暮らしはどんなものでしたか？あなたが作ったり、DJとしてプレイする音楽には影響を与えましたか？

最初は東京でかなり混乱していました。人の話し方、文化、日常生活など、一つ一つが私の地元とは微妙に違っていて、慣れるのに時間がかかりました。引っ越してくる前は、メディアに出てくる全ての言葉や話題は、大都市をベースにしたものだと感じていましたが、実際にここにいるとテレビの中やインターネットの世界にいるような感じがして、とてもシュールな感じです。その東京の印象が、本当なのかどうかはいまだにわかりません。

音楽の趣味もそれと同じような感じに見えますね。よく聞こえてくる人工的な音や無機的な音が東京のトーンの一部を構成していて、力強いのですが、誤った解釈とかアクセントに欠ける感じがします。多分、東京ではほとんど一つの言語が話されるからでしょう。私がDJをしたり、音楽を作ったりする観点から見ても、自分はそのトーンから調子が外れています。

日本のクラブシーンは、ロンドンやベルリンのようなヨーロッパの街とはどう違いますか？

ヨーロッパでプレイする時は、私のセットはその瞬間の状況や人の反応に合わせて自然と、有機的なものになります。各場所で季節感や時間の進み方について、独自の考え方があると気がつきました。各場所のフィーリングに調和する音楽をプレイするだけではなく、調和しない音楽をプレイして反応を見るのも面白いです。

ロンドンやベルリンでは、なんだか本当に音楽の街にいるような感覚になって、日常生活の中で自然と、音楽イベントを楽しむことができました。でも、気がつけば大都市のクラブは、ますます似たような感じになってきています。私は未だに、最初にブッキングされた延長線上でツアーをしているような感覚で、全体のダンスミュージックシーンがどんなものか理解しているわけではないのですが、“シーン”と呼べるような何かが、クラブの外にじわじわ広がっているのを目にすることが多いです。

ダンスフロアは新たな出会いのある素晴らしい場所で、いつだって楽しい話や思い出が生まれますよね。ロンドンでの初めてのショーはどんなものでしたか？

ロンドンでプレイした最初のショーは、Rye WaxでのBody Motionというクルーのパーティーでした。彼らはほとんどの人が私のリリースについて知らない頃に、SoundCloudのメッセージで声をかけてくれました。ショーの後にのんびりと過ごしたり、皆で音楽を聴いて遊んだり、何かを共有して自然と、仲良くなりました。彼らはスクワットパーティーやノッティングヒル・カーニバルにも連れて行ってくれました。実際に会えなくても、やっぱり音楽を共有しています。とてもハードコアでエクストリームな音楽に興味があるようにも見えることもありますが、それでも彼らのフィーリングがわかります。ツアー中に様々なエリアで出会った様々な人たちとも、そんな風に関係を築いています。

私のソーシャルサークルでは、クラブで遊ぶことはあまり受け入れられていなかったので、一人でこっそりダンスしに行っていましたが、一人の時間が自分を作ってくれたような気がします。日本ではルールを守ることさえできれば、結構自由に遊ぶことができるのですが、整いすぎていて、遊びを見つけるのが難しくもあります。腕組みをして聴いているだけの人に向けて、何をプレイしたらいいのかわからないこともありますが、最近は少しずつ最後まで一緒に踊れる人たちを見つけています。

DJするのが好きな場所は他にありますか？

ポートランドでは、工房や書店など、ローカルな場所をダンスフロアに変えていました。若い頃にそのような経験をしたことはないのですが、手作りのみずみずしいサウンドシステムが何だか懐かしいと感じました。片付けが終わると、そのスペースが何事もなかったかのように日常の光景に戻っていく感じもとても好きでした。

フェスティバルは、リトアニアのBraille Satelliteの感覚が好きで、毎年戻ってきてしまいます。クラブをいくつか挙げるとすれば、ニューヨークのGood Room、Nowadays、キエフのCloserには、私が音楽をプレイするやり方にフィットするサウンドシステムがあります。声をかけてくれるプロモーターの多くは、クラブのレジデントではないのですが、プレイするのに面白い場所を思いついて、どうにかその夜を実現する場所を見つけてきてくれるのには、いつも感心しています。クラブやスペースがクローズして、楽しかった場所に戻れなくなることもありますが、心にはずっと残っています。

過去にはどんな仕事をしていたのでしょう？

上京する前はレンタルCD屋さんで働きながら、布団屋さんでも季節労働をしていて、僻地の教会に布団を持って行って売ったり、海上で働く人の宿泊施設にシーツを運んだりしました。皿洗いなど様々な日雇い労働もしました。

以前の仕事と音楽の仕事の間に何か類似点はありますか？

二つに分かれた世界のように見えますが、違う角度から見ると、とても強く繋がっている感じがします。私が働いていた会社では、コンデンサーに使われる微小な金属粉末を製造していて、これはコンピューターやシンセサイザーなど、基本的に今使っているどの機材にも欠かせないものです。

完全に異なる世界なのに、素晴らしい類似点ですね。

私はお茶を入れたりデータを入力したりしながら、違う目的で繋がった人たちを、違う角度から見る経験をしました。一方でデータを見て動き回る人がいて、もう一方で粉末をできるだけ小さくしようとするエンジニアがいます。そのおかげで、それぞれの人に十分なパワーを共有することとか、皆の時間の捉え方を変えたいとか、今の私が音楽を通してやっている様々なことについて考えるようになりました。

5iveはあなたの音楽人生において重要な役割を果たしているように感じます。どのように出会って、一緒にパーティーを開催するようになり、そして今では共にレーベルThinner Grooveを運営するようになったのか、教えていただけますか？

5iveは旅を共にする、最高のパートナーです。熟練したドライバーでもあり、風が強い日も火を灯してくれます。Thinner Grooveからリリースした他の人たちも、Cos/MesのSome Song Teachersというパーティーで仲良くなりました。当時の会場、青山Oathはもう同じ場所にはないですが、屋外に出てゆっくり過ごせる環境で、翌日の昼まで営業していることもありました。私は彼らがプレイする全ての音楽にワクワクして、日差しが強くなってきてもドア越しに音楽を聴いて楽しんでいました。

5iveとは音楽のバックグラウンドは全く違いますが、同じ音楽を聴いていると、同じ部分が気になってしまいます。一人で聴いていた頃は、よくわからない音に興味がありましたが、同じスペースで一緒に聴くようになってからは、何を聴いているのかわからないような感覚に反応するようになりました。

コミュニティと団結というのは、あなたのインタビューに共通するテーマとなっていて、時にはあなたがかける曲の歌詞にまで登場します（International Music Systemの“Dancing Therapy”）。そこに何か深い意味はあるのでしょうか？

私は一人で全部のことをできませんし、特にあまり歌えないので、よく他の音楽からボーカルを借ります。でも、私の声を代弁してもらおうと思っているわけではありません。私は声も音として扱ってしまうのですが、誰かが聞いてどのように感じたいのか、好きなように決めてもらえたらいいのです。前向きなメッセージとして受け取る人もいれば、ただの寝言として受け取る人もいるでしょう。

あなたの音楽コミュニティの中で他に感謝したい人は誰かいますか？

友人のAndryを紹介させてください！彼がツアー用のトラックスーツを仕立ててくれたおかげで、プレイ中に着るもので悩むことがなくなりました。最近は彼と5iveと一緒に音楽を作っていて、2019年のバンクーバーでのパーティーの後、私たちの最初の曲“Today”をレコーディングしました。Mood Hutのスタジオを使ってやらせてもらって、そのトラックはFuture Timesのコンピレーションに収録されています。

最後の質問です。今頑張っているアーティストたちに向けて、何かアドバイスはありますか？

私はあまり人にアドバイスできる立場ではありませんが、自分の直感で自分のルートを焦らずに行ったらいいと思います。私は音楽的にトレーニングを受けているわけでもないし、文章を読むのも、波形やパラメーターを理解するのも苦手です。積極的なリサーチもせず、自分のやりたいことを続けてきただけですが、好きな音楽をいつも慎重に聴いているかもしれません。